『我が、素晴らしき日々』
椎名 武彦 (しいな たけひこ):洋画家。言葉数の少ない、ちょっと偏屈な人物。一時期、画壇を率いるくらいの評価を受けたことのある人物。
武本 誠 (たけもと まこと):版画家。お気楽な人物であり、椎名の幼なじみ。椎名と同じよう絵で生活を立てることを目的としてる。
津田 美世子(つだ みよこ) :椎名のアトリエ近くにある酒屋兼食事処の娘。ひょんなことから、絵のモデルを頼まれる。
椎名:
武本:
津田:
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〜第1場〜
(夕暮れ、椎名のアトリエ。 椎名、カンバスの前に立ち一人構図を練る。筆を付けようとした瞬間、玄関のチャイムが鳴る)
椎名:はい。どちら様?
津田:あの、津田洋酒店の者なんですが・・・。
椎名:お酒は頼んでない。
津田:それがですね。お酒ではなく・・・。
武本:おーい。俺だぁ。武本の誠ちゃんだよー。あけてくれー!(ト、武本泥酔状態)
椎名:・・・・。
津田:あのー・・・。
椎名:玄関なら開いてる。勝手に入ってきてくれ。
津田:失礼します。ほら、武本さん。こっちです。
(津田、武本に肩を貸した状態で入ってくる。椎名、津田を見つめる。)
津田:えっと、どこに・・・。
椎名:え?・・・ああ、そこのソファにでも転がしておいてくれ。邪魔だし。
武本:邪魔なんて酷いなぁ。椎名ちゃん!俺は色々と働いてるじゃない。
椎名:例えば?
武本:新聞取ってくる!
椎名:他には?
武本:お金稼いでくる!
椎名:博打でな。大概負けてるじゃないか。
武本:ほら、ちゃんと働いてる!
椎名:出ていけ。穀潰し。
武本:椎名ちゃんがいじめるー。美世子ちゃん慰めてー。
津田:はいはい。また今度ね。
武本:あー。椎名ちゃんまた絵を描いてるんだねー。何描いてるのー?
椎名:何でも良いだろ。連れてきてくれてありがとう。もう帰ってもらって結構だ。
津田:あの、それがですね・・・。言いづらいんですが、お金を。
椎名:お金?なんの?
津田:お酒代です。武本さんの。
椎名:・・・・。いくら?
津田:二円五十銭です。ツケも合わせて。
椎名:はぁ・・・。(懐から財布を取り出す)
コレで良いか?
津田:毎度ありがとうございます。それでは。
武本:またねー。美世子ちゃーん。
津田:今度はお金があるときに来てね。それじゃ。
(津田 去る。黙々とカンバスに向かう椎名。ソファでぐったりとする武本)
武本:うーん。・・・気持ち悪い。
椎名:吐くなら外で頼む。
武本:うーん。分かってる。分かってるよー。
椎名:・・・・。
武本:よし!水飲もう。そうしよーう!おっととと。
椎名:武本!
武本:大丈夫大丈夫ー。えっへへへー。
(千鳥足で洗面台まで向かう武本。あきれる椎名)
椎名:はぁ・・・。集中できやしない。
武本:ぷはー。やっぱり冷たい水は生き返りますなー。なんか言った?椎名ちゃん。
(無言でカンバスを片付ける椎名。)
武本:あれー?止めちゃうの?
椎名:止める。発想が沸かない。明日、下の仕事もあるし、もう寝る。
武本:そっかー。おやすみぃー。
〜第2場〜
(朝 椎名のアトリエ 武本がソファで一人新聞を読んでいる)
津田:おはようございます。
武本:あれ。美世子ちゃんじゃない。どうしたの?何か用事?
津田:さっき、そこで椎名さんに会ったんです。それで、絵のモデルになってくれって。
武本:へぇ。珍しいこともあるもんだ。
津田:え?めずらしい?
武本:あいつ。ここんところ人物画なんて描かないから、珍しいの。ほれ、そこに並んでるヤツ見てみな?
津田:これですか?綺麗な絵ですね。この果物の絵なんて食べられそう。
武本:でも、風景画や静物画ばっかりだろ?
津田:そう・・・ですね。人の絵はないですね。
武本:もったいねぇなぁっていっつも思ってるよ。絶対あいつの画力なら良い人物画描けるはずなんだけどな。
あ、なんか飲む?
津田:いえ、お気遣いなく。・・・椎名さんってコレで生活してるんですか?
武本:そうだよ?1階でちっさい画廊みたいなもん開いてるから。そこで絵を売ってる。
津田:へぇ、知らなかった。
武本:そりゃ、こういったモノに興味がなけりゃあな。
津田:武本さんも、何か描くんですか?
武本:俺?俺は・・・描くと言うか彫るかな?
津田:彫る?
武本:版画だよ。たしかここに・・・。あったあった。こんなん作ってる。
津田:これは・・・。
武本:どうだ?鮭獲りに興じる熊を描いてみたんだが。
津田:え?・・・あー。その、い、勢いがあって良いと思います。
武本:そうか?もっとこう・・・ドンってくるものが欲しいなって思ってたんだが・・・。
(椎名、店に繋がる扉から入ってくる。)
椎名:なんだ。またそんなものを自慢してるのか?
武本:おお、椎名。もういいのか?店は。
椎名:ああ、終わらせた。どうせ誰もこないからな。
(椎名、丸椅子を取り出す。)
武本:どんなもん描くんだ?
椎名:決めてない。えっと・・・
津田:あ、津田美世子といいます。
椎名:じゃあ、津田さん。とりあえず、そこ座って。
津田:は、はい。
椎名:・・・・。
武本:・・・・。
津田:あ、あの〜。
椎名:動かないで。
津田:はいっ!
椎名:よし、そのままでいて。
武本:お、構図決まったか。いいねいいねぇ。
椎名:お前は黙ってろ。
武本:はいはーい。
(黒鉛とカンバスを取り出し、筆を走らせる椎名。硬い表情で座る津田。)
椎名:・・・硬い。
津田:はい?
椎名:表情。
武本:笑ってくれ。だってよ。
津田:あ・・・こ、こうですかね?
武本:ぎこちないなー。引きつってるよ。
椎名:もういい。構成だけ描く。
津田:すいませ・・・
椎名:動くな。
津田:は、はいっ!
椎名:・・・・。
津田:・・・・。
武本:・・・へっくし。
椎名:おい。
武本:すまんすまん。どうも鼻がむずってな。
椎名:まったく・・・。
津田:あ、あのー。
椎名:なに?
津田:ちょっと、休憩しません?
椎名:なんで?
津田:腰・・・痛くって。
椎名:もう少し待って。
津田:・・・はい。
武本:はぁ、なるほど。そこをそうやるか・・・。
椎名:・・・・。
武本:お、いいねーこの角度。
椎名:うるさい。暇ならお前もなんか描け。
武本:えー?じゃあ、そうする。
(同じく筆を走らせ始める武本。更に居心地悪そうにする津田、この間に時間経過)
津田:あ、あの・・・。
椎名:もうすこし。
津田:あ・・・はい。
武本:うー、こうじゃないなー。
椎名:むぅ・・・。よし、これでいい。
津田:ぶはー。
椎名:休憩にしよう。
武本:えー。俺うまく描けはじめたばっかり。
椎名:なんで同じ手本にした。
武本:あれ?描けっていったじゃない。
椎名:はぁ・・・もういい。
津田:あ!今何時ですか!?
椎名:おや、気付けば夕刻か。5時くらいか?
津田:もう5時!戻らなきゃ!御免なさい、今日はここまでにして貰えませんか?
椎名:ああ、仕事か。
武本:えー?行っちゃうの?
津田:もちろんですよ。仕事なんですから!
椎名:こいつのことはほっといてくれ。はい。これ。
津田:え?
椎名:給料。モデルになってもらった謝礼金。
津田:え?そんな、いいですよ。
武本:貰っておきなって。めんどくさいから。
椎名:貰って貰わないと困る。
津田:でも・・・。
椎名:困る。
津田:じゃあ・・・ありがたく。
椎名:暇な時。覗いてくれ。
津田:はい・・。わかりました。
武本:じゃ、送っていくよ。美世子ちゃん。
椎名:迷惑になるなよ?
武本:分かってるって。さ、いこういこう!
津田:え、ええ。それじゃあ、失礼します。
椎名:気を付けて。
(出て行く武本と津田。一人カンバスを眺める椎名。その時、急に咳き込み喀血する)
椎名:(咳き込む)・・・くそっ!
〜第3場〜
(丸椅子に座る津田。挟んで座る椎名と武本)
椎名:休憩しよう。
武本:おー。休憩だ休憩!
津田:どんな塩梅(あんばい)ですか?
武本:順調よ、順調!やっぱり美世子ちゃんは映えるねぇ。
津田:やだっ!武本さんったら。
武本:お世辞じゃないよー?これは僕の傑作になるかもなー。
・・・椎名の方はどうだい?良い感じかぁ?
椎名:まあまあだ。
津田:見せて下さい!
椎名:ダメだ!
津田:っ・・・。
椎名:すまない。声を荒げてしまった。
武本:いいじゃねぇかよ。少しくらい。減るもんじゃないだろ?
椎名:ダメだ。見せられない。
津田:じゃ、じゃあ、完成したら、ちゃんと見せて下さいね?
椎名:・・・ああ。分かった。
武本:ったく。椎名、お前変だぞ?
・・・おっと、そういえば今日はあの日じゃないか!
津田:あの日?
椎名:この馬鹿が転がり込んできて、今日で丁度3年目。
武本:記念日だ!そうと決まれば祝杯祝杯!お酒買ってくる!
(武本、出て行く。片付けを始める椎名)
津田:仲。良いんですね。
椎名:そう?どうして?
津田:そりゃあ、3年もこの家においてるんです。大切だから置いてるんでしょう?
椎名:仲良いワケじゃない。
津田:そうなんですか?
椎名:・・・芸術家に大切なモノ。何だと思う?
津田:大切なモノ・・・。感性、ですかね?
椎名:そうかもしれない。でも、俺はちがうと考えてる。
津田:うーん。じゃあ、なんだと思うんですか?
椎名:俺は「発見力」だと考えてる。
津田:はっけんりょく?
椎名:対象の本質を見抜く力、とでも言えば良いか。それが必要だと俺は思うんだ。
あいつは。武本は持っているんだ。「発見力」を。それが欲しい。
津田:そうですかぁ?私はそう思えませんけどね。なんかあの人抜けてるし。
椎名:これ、見たことあるか?あいつの傑作なんだが。
津田:いえ、見てないです。これは・・・女性ですか?
椎名:そう。1年前。俺に肖像画を依頼してきた成金の奥方だ。
津田:はぁ・・・。でも、凄く歪んでません?なんかこう・・・。
ムダに顔が大きいですよ?背景もおどろおどろしい感じがしますし。
椎名:わざとそうしたんだ。
津田:わざと?
椎名:後で聞いた話なんだが、この奥方は旦那が何とか稼いできた金をこういった道楽に全部注ぎ込んでいるらしい。
旦那は気弱な性格で、別れたくても別れられないと悩んでいると。
津田:それを、見抜いたってことですか?
椎名:あいつは、奥方と喋ってもいないし、そんなウワサがあることも知らなかった。
ただ、見ただけで見抜いたんだ。上っ面だけ良い悪妻だと。
津田:まさか。偶然じゃないですか?
椎名:偶然じゃない!あいつは本物だ。本物の・・・芸術家だ。
津田:私は、椎名さんの方が芸術家に見えますけどね。
椎名:今にあいつは版画で画壇を上り詰める。・・・俺を置いてな。
津田:・・・え?
(武本、鼻歌まじりに帰ってくる。椎名、武本の版画をしまう)
武本:ただいまー!帰ったよー!あ、美世子ちゃんまだ居たんだ。
津田:はい。今日は店やってませんから。
武本:そうそう。今日は定休日だったよね?すっかり忘れててさ。隣町までいって買ってくるハメになったよ。
津田:すいませんね。
武本:いやいや。日頃、動いてないから良い運動になったよ。
椎名:武本。下、戸締まり見てくるから、飲みたければ飲んでな。
武本:おう。わかった、先、始めとくわ
(画廊へ降りる椎名。武本お酒の準備をする)
武本:美世子ちゃんも飲んでいくでしょ?
津田:じゃあ、一杯だけ。
武本:一杯だけじゃなくて、いーっぱい飲んでいっていいんだよ?
津田:いえ、やることも残ってるんで。
武本:つれないなぁ・・・。あ、そういえば、椎名ちゃんといくらか話せた?
津田:ええ、さっきいろいろと。
武本:口数少なくて、愛想ないけど、良い奴だから仲良くしてやってよ。
津田:分かってますよ。
武本:それにしても、美世子ちゃんをモデルにして何描いてるんだろうねぇ。
津田:さぁ?見せて貰ってないんですか?
武本:うん。毎回せびっても、ちっとも見せてくれない。
津田:武本さんでもですか。
武本:でも、あいつのことだ。きっと凄いもん描いてるさ。
ちまたで人気の写真館で、撮ったものより、美麗な美世子ちゃんとか。
津田:それはそれで恥ずかしいですね。
武本:あいつさぁ。急に描かなくなってきたんだよな。人物画。
津田:そうなんですか?
武本:いつからだったかな。1年前くらいかな?
急に筆を執る頻度がなくなったんだ。
津田:1年前・・・。
武本:それまではあいつ、『画壇を制する位の絵描き』として、その筋じゃあ色々と有名だったんだけど。
筆を執らなくなって、それから一気にダメになってきたんだよ。・・・どうしてかな?
津田:そう・・・ですね。
武本:俺はさ。あいつがすっげー羨ましいんだ。
あいつの描く絵って、なんかこう・・・ぐぐっ!っと惹きつけられるんだよ。
津田:惹きつけられる?
武本:そう。・・・俺、そんなに言葉知らないから、どういえば良いか分からないけど。
ずっと見ていたい!とか、触ってみたい!とかさ。そんなのを与える書き方をするんだよ。
前見せた、果物かごの絵。アレ見た時どう思った?
津田:あ・・・たしかに。『食べてみたい』って思いましたね。
武本:だろ?そういう所。俺は持ってないから凄く羨ましい。
津田:無いものねだりですね。
武本:そう。無い物ねだり。だけど、だからっていって絶対に欲しいワケでも無いかな。
津田:は?
武本:いや、そりゃあ、惹きつける力は欲しいよ。
けどさ、やっぱりそれって持って生まれた力だろ?
俺が技術を盗んだ所でそれは結局あいつの力なワケで・・・あれ?なにいってるか分かんなくなってきた。あはははは。
津田:もう。まだお酒回るには早いですよ?
武本:いやー。ゴメンね。馬鹿だから。俺って。
(モノの崩れる音)
津田:今の音・・・。なんでしょう?
武本:下の階からしたよな。ちょっと、覗いてくるわ。
津田:あ、私も行きますよ。心配ですし。
(武本、津田下の階へ。がらんどうになるアトリエ)
武本:おい・・・。おい。椎名?椎名!しっかりしろ!椎名!
津田:わ、私。お医者様呼んできます!
武本:美世子ちゃん、頼んだ。椎名!聞こえてるか?武彦!
〜最4場〜
椎名:アトリエで倒れてから、二週間ほどが経った。
もう、俺には筆を握る力すらない。
最期の時が近いことは容易に察しが付いた。
診察に来てくれる医者が言うには、後一週間も無いらしい。
医者はさんざん、二人に伝えるよう急かすのだが、俺はそうしない。
黙って、最期を迎えるんだ。
(椎名の自室。ベッドに横たわり、咳き込む椎名。近くで版画を彫っている武本)
椎名:なぁ。なに彫ってるんだ?
武本:うん?なんでしょう。
椎名:津田さんか?
武本:ぶっぶーちがいまーす。
椎名:腹立つな。お前。
武本:すまんすまん。
(扉のノック音)
津田:ごめんくださーい。
武本:お、いらっしゃい。美世子ちゃん。入ってきて良いよ。
津田:失礼します。・・・あ、武本さん、頑張ってますねぇ。
・・・椎名さん。体調、どうですか?
椎名:まぁ、平行線かな。
津田:そんなへこたれた返事しないでください。
武本:そういえば、今日は何用?
津田:いえ、特に用事って無いんですけど。ちょっと時間も空いたので様子を見に。
椎名:別に来なくてもいい。
武本:椎名ちゃん。折角来てくれたのにそりゃあ、無いんじゃないの?
津田:大丈夫ですよ。私が様子を見に来たのは武本さんの方ですから。
武本:あれっ?
津田:病人の迷惑になってたらひっぱたいて差し上げようかと。
武本:信用無いんだね・・・
津田:当たり前です。普段の行いが悪いからです。
椎名:・・・そういえば、武本。あれはどうなった?
武本:あれ?
椎名:品評会。出したんだろう?作品。
武本:ああ、うん。出した。
津田:なにか出品したんですか?
武本:一応ね。あー。でも、ちっさい品評会だからそんなに凄いわけじゃないんだけどね。
椎名:結果。そろそろ出てるんじゃないか?
津田:あ、そういえばさっき、郵便屋さんから手紙、預かってたんでした。はい、武本さん。
武本:郵便?・・・これって。
椎名:結果じゃないか?見てみろよ。
武本:あ・・・。ああ。
『武本誠 殿。
先日、行ワレタ品評会ニテ
作品『某女(ぼう・おみな)の座像』ガ優賞ヲ受ケタ事ヲ、ココニ連絡スル』
津田:優賞って・・・もしかして1番だって事!?
椎名:・・・良かったな。武本。
武本:嘘だろ。い、いやいやいや。美世子ちゃん。ダメだよ、こんな悪ふざけしたら。
簡単に引っかかっちゃうじゃない。
津田:悪ふざけじゃないですよ!本当に1番になったんですよ!
武本:本当に・・・?夢じゃない?
椎名:夢だと思うなら。行ってこい。会場はすぐ近くだろ。
武本:お、おう。そうだな。いってくる!
(走って出て行く武本)
津田:全く、子どもみたいですね。わざわざ2階から出て行って。
椎名:そういうヤツなんだ。あいつは。そそっかしくて、ガキっぽくて・・・(咳き込む)
津田:あっ!大丈夫ですか!?
椎名:ああ・・・大丈夫。大丈夫だから。
・・・なぁ、津田さん。
津田:はい。
椎名:1つ、お願いを聞いて貰えるか?
津田:私でできる事だったら。
椎名:2階のアトリエに一枚、重要なカンバスを置いてきてしまっているんだ。
それを、持って来てくれないか?
津田:ああ、はい。良いですよ。どんな絵ですか?
椎名:裏を見れば分かる。値札も何も貼ってないやつだ。さぁ、行ってきて。
津田:はぁ、そうですか。じゃあ、すこし待って居て下さいね?
(津田、2階へ。椎名一人残る。一人になった直後、激しく咳き込み、吐血)
椎名:血の赤・・・。ハハハ。もう、どうせ終わりは見えていたんだ。
・・・これでいい。俺はもう、疲れたんだ。
全部に、疲れた。・・・済まない。
(息を引き取る椎名。入れ替わりに津田が降りてくる。)
津田:あー。遅くなってすいません。ちょっと探してて。コレであってます?椎名さん。
・・・椎名さん?椎名さん!ちょっと!しっかりして下さい!椎名さん!
(椎名の身体を揺さぶる津田。武本駆け込んでくる。)
武本:夢じゃなかった!椎名ちゃん!俺やったよ!ついに画壇の仲間入り・・・椎名ちゃん?
え?美世子ちゃん。どうしたの?椎名ちゃん。
津田:武本さん・・・。分からないんです。
カンバスとってきてくれっていわれて・・・取ってきてたら、椎名さん血を吐いてて、動かなくて・・・。
椎名さん!椎名さん!
武本:嘘・・・だろ?いやいや、嘘だ嘘。また二人で俺、からかおうとしてるんでしょ?
津田:(首を横に振る)
武本:おい。おい、椎名。椎名武彦!何やってんだよ!
何勝手に死んでるんだ!画壇二人で制覇するんだろ!?
ガキの頃言ったよな!二人で凄く有名になろうって!
何一人で諦めてるんだよ!おい!
(武本、椎名の身体を激しく揺する。津田それを止める。)
津田:ダメですよ・・・。武本さん。
武本:そんな、椎名。俺、頑張った意味ないじゃんか。
お前と同じ位置に立ちたくて頑張って来たのに・・・。
意味・・・ないじゃんか。
(津田、持って来たカンバスを見る。そこには椅子に座る津田とそれを見つめる武本の姿。)
津田:武本さん、椎名さんの絵・・・もしかして、この絵は私と武本さんを。
武本:俺たちがモデル・・・。置き土産かよ!いらねーよこんなもん!
(津田の手からカンバスを奪う武本。壊そうと振りかぶるが、出来ない)
武本:いらねぇんだよ。椎名・・・。
〜最終場〜
津田:葬儀の後。私と武本さんで、部屋を整理していたらこんなモノが出てきました。
椎名さんからの手紙。
椎名:武本。津田さん。二人とも元気だろうか。どちらがこれを読んでいるにしろ、多分その時、俺はもう死んでいるだろう。
二人に何も言わず、何も残さず先に逝く。本当に済まない。
酷く驚かせ、悲しませたことだろう。ここで謝っても謝りきれない。
もし、二人がこちら側へ来たその時は、思い切り殴ってもらって構わない。いや、そうしてくれ。
謝れない代わりに、ここでは逆に感謝を書き記しておく。
武本。ことある事に励ましてくれたな。ありがとう。
津田さん。いろいろと無茶を聞いてくれて、ありがとう。
二人が居てくれて、短い間だが。二人と過ごせて、凄く愉しかった。
ありがとう。
津田:椎名さんらしい置き手紙。
未だに私は、これを読んだら涙が止まりません。
そうそう、武本さん。彼は今画壇を率いています。
まるで、予言です。椎名さんの言ったとおりになっちゃってます。
忙しくてたまらないと言っていたけれど、すごく生き生きしてます。
あと、椎名さんのくれた絵。大事にとってありますよ。
どこに飾ってあるかは、内緒ですけど。
タイトルは・・・なんでしたっけ?
椎名:『我が、素晴らしき日々』