青い創〜アオイキズ〜
平尾 涼介(ヒラオ リョウスケ) | 24歳 | 会社員。人付き合いの良い性格だが、どこか人を突き放している面がある。 8歳の時、母親を病気で亡くし、10歳の時、父親に捨てられ妹と共に施設で育った。 12歳の時、養子に出て妹と生き別れる。 出所時に妹と連絡先を交換していたためそれ以降も連絡を取り続けていた。 高卒時に社会人となり、一人暮らしするようになった後、妹を引き取り生活している。 22歳の時、仕事上のストレスと当時付き合っていた彼女の自殺から逃避するため深く酒に酔っていた事と、 真優からの誘いにより実の妹を抱いてしまう。 妹へのどちらとも言えない愛情と、過去のトラウマに苦悩する。 |
児山 真優(コヤマ マユ) | 19歳 | フリーター。あっけらかんとした性格。しかし、攻撃的な面もあり、敵を作りやすい。 5歳の時に両親に捨てられ、涼介と共に施設で育ち、13歳の時、兄に引き取られ共に生活する。 兄に対する愛情は兄妹のそれではなく、むしろ恋人のそれ。涼介の前ではでれでれ。 17歳の時、荒れて泥酔していた兄を誘い身体の関係を結んだ。 それ以来、今まで以上に兄に依存した生活を送っている。 兄の忘れ物を届けに来た知枝と一度顔を合わせているが、兄を奪う存在と見なし、邪険に扱っている。 |
笹倉 知枝(ササクラ チエ) | 25歳 | 会社員。涼介と同じ会社に勤める女性。ばりばりのキャリアウーマンで、若干の姉御肌。勝ち気。 一般的な家庭で育った人間。それなりの苦労はあれど、比較的順風満帆に過ごしてきた。 勝ち気な性格からか、男運には余り恵まれていない。どこか、影のある涼介に興味を持つ。 一度、涼介の忘れ物を届けに家に行ったことがあり、そこで真優と一応の面識がある。 |
涼介:
真優:
知枝:
※ニコ生で上演する上で二枠に分ける場合。
一枠分の目安は真優の独白部分『いつからだろうか。兄にこのような感情を抱き始めたのは。』以前を区切りにして下さい。
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(とある会社の一室。PCに向かって数値を打ち込む知枝)
知枝:んー。やっと今日がおわったー。だが、残業だ〜。
涼介:お疲れ様です。笹倉さん。
知枝:お。平尾君じゃないか。おつかれ。
涼介:今日も居残りですか?
知枝:そう、やっとノルマ80%いった人間だしね。いけるとこまでやってしまおうってこと。
涼介:だいぶ進みましたねぇ。
知枝:なんせ、散々嫌味言われたからね。あの禿げ親父に。
涼介:あー、課長ですか。
知枝:そう。いつかアイツの顔をぶん殴ってやりたい・・・っ!
涼介:なら、副支店長レベルまでのし上がらないと。
知枝:私をなめるでないよ。3年以内になってやるんだから!
涼介:そうですか。なら、僕は草葉の陰から健闘をお祈りします。
知枝:すっごい他人事ね。あんた。
涼介:もちろんです。なんせ明日、正式に異動が出されるみたいですから。
知枝:え、平尾君異動なの?どこに?
涼介:本店です。東京にある。
知枝:それって・・・栄転ってヤツですか!
涼介:その分寿命は持って行かれるともっぱらの噂ですがね。
知枝:だが、給料は増えるんじゃないか。羨ましい。
涼介:となりの芝生は青く見えるんですよ。
知枝:そんなもんかねぇ・・・って、ちょっとまて平尾クン。なぜ人事課でもないキミが自分の異動をしってるんだ?
涼介:ああ、そのことですか。簡単な種明かしですよ。僕、人事に同期が多いんですよね。
ということで、見なくても良いんですがこういった些細な人事や人の行く先が残念ながら見えてしまう立場にいるんですよねぇ。
知枝:なんか・・・そこはかとなく黒い一面を見た気がするぞ?
涼介:そんなこと在りませんよ。気のせいです。
知枝:で、そんな栄光の本店勤務をなさる平尾君は悠々とご帰宅ですか。
涼介:ええ、一応。家に早く帰らないといけないモノで。
知枝:そう。もしかして、彼女かぁ?
涼介:だとしたら良いですね。
知枝:はぐらかすねぇ。帰るんなら気をつけて帰りなね。
涼介:ありがとうございます。それでは。
知枝:おーう。お疲れ。
・・・ふぅん、いいねぇ。ってあれ?これってアイツの荷物じゃない。
ぼんやりして忘れたのか。・・・しゃーない。後でとどけてやるか。
知枝:んで、なんで後から出た私の方が先に家に着いてるのかしら。
まったく。どうしようかしらね。
真優:誰?
知枝:え?
真優:あなた誰?何の用事?
知枝:えっと、平尾涼介さんのお家よね。ここ。
真優:そう、私の家でもあるけど。
知枝:え?えっと?
真優:で、なんの用事なの。涼介に。
知枝:あ、えっと会社で忘れ物があったから届けに来たんだけど・・・
真優:ちょうだい。渡しとく。
知枝:え、あ、うん。おねがいします。
真優:・・・他に何かあるの?
知枝:いや、特に無いけど・・・
真優:じゃあ、帰って。
知枝:あ、そ、そうね。それじゃ、お願い。
真優:・・・なに、あの女。
=======================================
涼介:檻。固く閉じられた檻に俺は囚われている。
いや、本当に囚われている訳じゃない。
出ようと思えば出られるはずのその檻に、自分から引きこもっているんだ。
壊れるのが嫌だから。消えてしまうのが嫌だから。
唯一の、大切な存在の為に。
真優:この世界は、私に甘く接してくれない。どこを向いたって冷たい世界しかないんだ。
でも、ただ1つだけ私を暖かくしてくれる場所がある。
世界にさえ愛されない私を、愛してくれる。
世界は。私の世界は。ただ、ここだけで良い。
ふと横に見える寝顔に、私は微笑むんだ。
私と似た顔。
―私の大切な人。
=======================================
涼介:おい。おい、真優。起きろ。真優!
真優:う〜ん・・・。もう、ちょっと・・・。
涼介:さっきも聞いた。いい加減起きないと遅刻するぞ?
真優:もういいよぉ。今日は休むぅ・・・。
涼介:バイト。今日休んだらクビなんだろ?起きろよ。
真優:じゃあ、辞めるぅ。おやすみぃ・・・。
涼介:全く・・・。あ、そうだ真優。まだ起きてるか?
真優:う〜ん?
涼介:正式に辞令出たから。来月から東京。本社勤務になった。
真優:本当!?
涼介:おうっ!?ビックリした。
真優:やった!遂に東京進出なんだね!
涼介:うん。まぁ、そうなるかな。
真優:そして、最終的には世界征服だーっ!
涼介:できる訳ないって。
真優:いーじゃん!夢はでっかく!
涼介:はいはい。そうだな。
真優:・・・ねぇ。いつ出て行くの?ここ。
涼介:来週かな。それまでに荷造りは終わらせておかないと。
真優:そっか。よし、じゃあ私が荷造りする!
涼介:お前が掃除を始めたら逆に散らかるだろ。
真優:そんな事ないもん。ちゃんと綺麗にするもん!
涼介:はいはい。わかったわかった。
真優:その代わり、大家さんには涼介から言ってね。出て行くこと。
涼介:分かってる。真優、嫌いだもんな。大家さんのこと。
真優:だって、ありもしないことぺらぺらと喋るんだもん。だいっきらい。
涼介:まぁ、そうだろうな。
真優:本当なら、今すぐ出て行きたいよ。
涼介:わかった。早めに準備しような。
真優:うん。・・・涼介。
涼介:どうした?真優・・・んっ!?(ト、真優。涼介の唇を奪う)
真優:ねぇ、涼介。・・・シよ?
涼介:っ!真優!やめっ・・・
真優:いーじゃん。今更だよ。
涼介:真優・・・。
真優:ふふっ・・・。大好き。お兄ちゃん。
===========================
涼介:今でも二年前の、あの日の事を思い出す。
仕事に行き詰まっていた時、急にその出来事が起こったんだ。
当時、結婚を前提に付き合っていた彼女―紗智(さち)が、突然死んだ。
ただ一言『ごめんなさい。行って参ります。』という手紙だけを残して、死んだ。
何が原因だったのか全く分からなかった。俺も、彼女の両親でさえ。
紗智の両親は、俺にただ『済まない』と頭を下げ泣き崩れていた。俺はただ、呆然としていた。
そしてその後、俺は酒に溺れた。忘れたかった。全て。
仕事のこと。紗智のこと。―自分の過去のこと。
そんな時だ。あいつが・・・。あいつが俺の耳元で言ったんだ。
真優:ねぇ・・・お兄ちゃん・・・
==========================
知枝:ヒーラーオークーンー?
涼介:はいっ!?
知枝:よっくもまぁ、昼間っからぼけーっと出来るねぇ。
涼介:笹倉さん。あ、す、すいません。
知枝:にしても、さっきの顔撮っておきたかったなぁ。写メ。
涼介:やめて下さいよ。何でですか。
知枝:だって、平尾君が取り乱すなんてそうそう無いじゃん。
涼介:そんな事ないですよ。
知枝:うっそだぁ。裏返った声なんて初めて聞いたモン。
涼介:それは、笹倉さんが驚かすからじゃないですか。
知枝:へへーん。どうだ、まいったかー。なんてね。
涼介:はいはい・・・。で、なんの用事ですか?
知枝:あー、そうそう。ちょっと、平尾君に見てもらいたいものがあってね。
涼介:なんでしょう?
知枝:平尾君って、フランス語読めたよね?取引先から届いたメールがフランス語でさぁ。もう、ちんぷんかんぷん。
涼介:ああ、そういうことでしたか。見せて下さい。
知枝:ちょっと待ってねー?今、メールの写しを出すから。えっと・・・あった!はい、これ。
涼介:ふむ・・・これは・・・。
知枝:どう?読める?
涼介:ええ、ざっと読んだだけなので詳しいことは言えませんが、内容としては前向きに取引をしたいって言う事みたいです。
知枝:ホント!?よっし!これでさらにキャリアの道を一歩前進した訳だ!
涼介:一歩どころか五歩くらい前進じゃないですか?
この社名、フランス大手の有名な服飾チェーンの会社じゃないですか。
知枝:そうそう。私の率いるチームは優秀だからねぇ!こんな事、朝飯前なのよ!
涼介:羨ましい限りですね。
知枝:なによ。平尾君だって来月から本社勤務の癖に。羨ましがっちゃって。
涼介:そうですけど、やっぱり羨ましくはなりますよ。
知枝:隣の芝生は何とやらってね。よく見えるモンさ。
涼介:そんなもんでしょうか。・・・時に、1つ質問。良いですか?
知枝:ん?なにさ?
涼介:笹倉さんのチーム。フランス語読める人居るんですか?
知枝:え?どうして?
涼介:いえ、居ないのでしたら。今までどうやって交渉してきたのかなと。
知枝:ああ、そういうことね。いや、居るのは居るんだけどさ。今体調崩して休んでるのよ。
そんな日に、こんなメールが届くからさ。もう、どーしよってなってね。
涼介:それで、俺に白羽の矢が立った訳ですか。
知枝:そうなの。ごめんね。使っちゃって。
涼介:いえ、大丈夫ですよ。それより、このメール。全文翻訳しましょうか?
知枝:あー、そうだねぇ。そうしてくれると有り難いんだけど・・・大丈夫?
涼介:ええ。大丈夫ですよ。今日中には終わらせます。
知枝:なんか、悪いね。いろいろ忙しい最中に。
涼介:いいえ。構いませんよ。では、後ほどメールします。
知枝:うん、よろしくー。・・・・あ、そうだ。平尾君。
涼介:はい。・・・まだ、なにか?
知枝:いや、何かって程じゃないんだけどさ。妹さん、元気?
涼介:・・・まぁ、一応。
知枝:そう、ならいいんだけど。
涼介:どうして……そんな事を?
知枝:ううん。深い意味はないんだ。ただ、なんか悩んでそうだったから。
涼介:誰がですか?
知枝:平尾君がだよ。なんか、悲しげな顔してたから。妹さんと何かあったのかなって。
涼介:そんなことないですよ。
知枝:そう・・・。ならいいんだけど、さ。
涼介:はい。大丈夫です。・・・あ、その節は御免なさい。真優が失礼しました。
知枝:ああ、いいのいいの。機嫌悪いとこに行っちゃったみたいだし。私の配慮が足らなかったんだよ。
涼介:いえ、でも、助かりました。わざわざ書類届けてもらって。
知枝:いつも、お世話になってるから、お礼だよ。お礼。
涼介:ありがとうございます。
知枝:いいっての。・・・・ねぇ。
涼介:なんでしょう。
知枝:悩み事。私で良ければ何時でも聞くからさ。あまり、溜め込んじゃダメだよ?
涼介:・・・・・。
知枝:ほ、ほら!私ってば男前だからさ!こう、ちょっとやそっとの暗い話じゃ引きずられないし。
何でも聞いてあげるよ!
涼介:解決は、してくれないんですね。
知枝:いや、それは・・・さ。まぁ、内容によるじゃん。とりあえずは、聞かないと何も出来ないし。
だから、まぁ・・・。言いたくなったら何時でも言って。
涼介:・・・はい。重ね重ねありがとうございます。
知枝:もー。肩肘張っちゃってぇー。可愛くないぞぉ。
涼介:こういう性格ですから。
知枝:はいはい。そういうことにしておこう!
それじゃ、私はここらで仕事にもどろっかな。ごめんね。邪魔して。
涼介:大丈夫です。お疲れ様です。
知枝:うん。お疲れー。
涼介:・・・『何でも』か。
真優:お帰り。涼介。
涼介:あれ。まだ起きてたのか。・・・というか、なにしてるんだ?
真優:えっとね。引っ越しの下準備って事で、色々分けてたらいつの間にかこんな事に・・・。
涼介:ちなみに今は何してる?
真優:・・・出てきた雑誌を読み返してます。
涼介:真優のまわりに広がってるそれは?
真優:読み終わった雑誌その他・・・。
涼介:片付けじゃなかったのか。・・・にしても、よくまぁ、ここまで広げたな。
真優:だって、懐かしいものが出てくるとどうしても見ちゃうじゃん。
涼介:だからって、出しっぱなしにしていい訳じゃないだろ。
真優:ごめんって。
涼介:まぁ、足の踏み場があるだけましか。・・・この人形。
真優:あっ!それ・・・
涼介:まだ・・・こんなもん持ってたんだ。
真優:いや、その、えっと・・・。ごめんなさい。
涼介:いいよ。別に。たった1つの贈り物だもんな。・・・あの人からの。
真優:あの人って、父さんじゃな・・・。
涼介:父さん?父さんだって?あんな奴が親父な訳ないだろ!俺らを捨てて女と逃げたあんなクズが!!
真優:っ!!
涼介:あっ。・・・ごめん。真優。
真優:ううん。大丈夫。
涼介:・・・・・。
真優:大丈夫だよ。ちゃんと、涼介は私の事守ってくれたじゃん。
だから私は好きなんだよ。涼介の事。
涼介:俺は・・・怖いんだ。真優。いつか・・・俺はアイツみたいになるんじゃないかって。
大切な人達を傷つける人間になるんじゃないかって。
真優:弱虫さんだね。涼介は。
涼介:うん。・・・ごめん。
真優:でも、そんなところが可愛い。
涼介:・・・・・。
真優:あーあー。半べそかいちゃって〜。これじゃ、どっちが年上なんだろうねぇ。
涼介:真優。・・・怨んでるか?
真優:へ?なにが?
涼介:俺のこと。怨んでるか?お前をここに連れてきたこと。お前のことを・・・。
真優:ストップ。それ以上言わないで。幾らお兄ちゃんでも怒るよ?
涼介:でも、俺はお前に・・・
真優:私は怨んでなんか無いよ。むしろ、良かったって思ってる。だから、自分がしたことに悲しまないで。
涼介:俺・・・。
真優:あーもう!辛気くさいのはなーし!無し無し!カビが生えて来ちゃいそうだよ。
そういえば、涼介。晩ご飯はどうする?ついこないだ聞いたんだけど、近所においしいファミレスが出来たんだって。
何だったら行ってみようよ!
涼介:うん。
真優:よーし、そうと決まったらさっそく準備じゃ準備ー!
涼介:・・・・。
===============================
涼介:澱みが溜まって行く。真っ黒い、何とも言えないわだかまりが胸の内に溜まって行く。
どこかにコレを投げ捨てたい気持ちで一杯になる。
でもどこへも投げられない。投げてはいけない。これは俺の罰なんだ。
そう、なにもかもは自分の所為。
紗智のこと、親父のこと、真優のこと。その全部が、俺の罪なんだ。
===============================
知枝:んで、どぉしてこういう日に限って大雨降るかねぇ。
涼介:どうしたんです?こんなところで愚痴なんか漏らして。
知枝:お、平尾君じゃないか!良いところに!
涼介:はい?
知枝:私を会社まで守れ!この雨から!
涼介:・・・あー。なるほど。
知枝:なによ。
涼介:つまり、会社とこの喫茶店とは目と鼻の先だが、わざわざ数メートルの為に傘を買うのは馬鹿らしい。
しかしながら、この突然の豪雨の中、会社めがけて駆け出そうモノなら全身びしょ濡れになって、どこかのテレビ画面から出てきたお化けになってしまう。
ということですか。
知枝:なんで君はそんな嫌みったらしい言い方をするかな。
涼介:素直に傘を貸して欲しいって言えばいいじゃないですか。
知枝:それはなんか私の主義に反するから却下!
涼介:そうですか。それにしても、いつもに増して元気ですね。
知枝:君は逆に不健康そうだな。ちゃんとご飯食べたんか?
涼介:田舎のばぁさんみたいですよ?その言い方。
知枝:うるさいなぁ。元気づけようとしてるんじゃないか。
涼介:いいです。そういうのは。勝手に元気になるんで。
知枝:何事も寝れば治るってのは迷信なんだぞ?
涼介:それはそうでしょうけど。俺の場合は寝れば治りますから。
知枝:そうかそうか。ならば聞こう、平尾君。今月の我々の平均睡眠時間を述べよ。
涼介:そうですね。持ち帰りの仕事分合わせて大体2.5時間ですか?
知枝:それで治るほど人間上手くできてないからなっ!!
涼介:はぁ。そうですか。
知枝:そうですかって、あんたねぇ。
涼介:どうしました?笹倉さん。えらく今日は突っかかってきますね。
知枝:別に。何も無いわよ。
涼介:そうですか。ならいいんですけど。はい。着きました。
知枝:ん、ありがとう。
涼介:なんなら、一緒に上がりませんか?どうせ同じ階でしょう?
知枝:ああ、そうね。
涼介:・・・・・。
知枝:・・・・・。
知枝:ねぇ、平尾君。アンタ、ホントに大丈夫?
涼介:なにがですか。
知枝:なにがって、さっきから死んだ魚みたいな目をしてるから。
涼介:気のせいにしてください。
知枝:出来たら苦労しないんだけどなぁ。
涼介:・・・エレベーター。来ないですね。
知枝:もう、いっそ階段で・・・
涼介:25階ですよ?仕事場。
知枝:う・・・。
涼介:ふぅ、仕方ないですね。裏の手を使いましょう。
知枝:裏の手?
涼介:はい。裏の手です。これを使います。
知枝:これって、業務用のエレベーターじゃない。このビルの管理者しか使えないヤツでしょ?
涼介:ええ、でも、あるんですから使いましょう。
知枝:でも、ロックの解除コード知らないと動かないはずじゃ・・・
涼介:知ってますから。俺。1,3,5,7,9っと。はい、どうぞ。
知枝:アンタ・・・なんでそんなの知ってるのよ。
涼介:ちょっとした裏技です。人には言えない内緒のコネを使ってね。
知枝:アンタが何者なのか凄く気になるわぁ。
涼介:しがない一般市民ですよ。
知枝:そういうことにしておくわ。
にしても、動くの遅いわね。このエレベーター。
涼介:精密機器搬入とかに使うんで一般よりも遅いんです。急ぎますか?
知枝:別に良いわ。切羽詰まる用件は入ってないし。
涼介:なら、ゆっくりしましょう。
知枝:じゃあ、ゆっくりついでに聞いて良いかな。
涼介:なにをですか。
知枝:平尾君がそんなに病んでる理由。
涼介:またぶり返すんですか。それ。
知枝:私は案外ねちっこいのよ。
涼介:嫌いになりますよ?そんな事してたら。
知枝:嫌われても別にいいの。ただ、私の自己満足。
涼介:いろいろ不思議な考えをしてるんですね。
知枝:それほどでも〜。で、どうしたのよ?
涼介:・・・なにもないです。
知枝:私さぁ。いっつも平尾君みてて思うんだけどさ。すっごく無理してる様にしか見えないのよ。
誰に対しても気持ち悪いほどに、にこやかに接してさ。
涼介:仕事上の付き合いです。そのくらいで丁度良いでしょう?
知枝:でも、その一方で、そこそこ仲良くなったら、すっごい壁みたいなの、いきなりドカンと建てて誰にも触れられないようにするじゃない。
こっちが仲良くなりたいって思ってるのにそんなことされると傷つくし、ずるいと思う。
涼介:基本、自分のプライベートは知られたくないんで。嫌いになりたければどうぞ嫌いになって下さい。
知枝:そういうことじゃなくってさ。私が言いたいのは、どうしてそこまで人が信用ならないんだってこと。
アンタの周りの人間、誰もアンタを裏切ろうと思ってないよ。少なくとも私はそう。
・・・何をそんなに必死に抱えてんのさ。助けて欲しそうな顔して。
涼介:・・・そうですよ。助けて欲しいです。助けられるモノなら。
もし、貴女が俺を救ってくれるなら俺は貴女に一生でもなんでもあげましょう。
知枝:平尾君?何を言って・・・
涼介:でもその前に、1つだけ条件を出します。これから、俺が貴女にする事。その後も俺を裏切らないと誓えますか?
知枝:えっ・・・平尾・・君?
〜〜〜〜〜〜ニコ生区切り点〜〜〜〜〜〜
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真優:いつからだろうか。兄にこのような感情を抱き始めたのは。
私が産まれた時からずっと側にいて。ずっと私を守ってくれた人。
そんな人の唯一の存在になりたくて仕方なくて。
そして、あの日。私は世の中からイケナイとされてる事をしたんだ。
今となって後悔なんてしていない。むしろ、良かったなんて思ってる。
でも、心に引っかかってることがある。
涼介。お兄ちゃんは私をどう見てるんだろう。
妹?唯一の肉親?恋人?・・・重荷?
元から心の内を喋る人ではないから、私は不安になる。
不安だから、求めてしまう。
身体で繋ぎ止められるモノではないと分かっておきながら、そうすることしか私には出来ないのだ。
離れるべきなのだろうか。その方がお兄ちゃんにとっては良い事じゃないだろうか。
一人で居ると、そんな思いがぐるぐると頭の中を回り始めるんだ。
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涼介:結局、今日も残業もとい、仕事持ち帰りか。流石に連日はしんど・・・
知枝:ひーらーおーくーん。うーらーめーしーやー。
涼介:・・・・。何やってるんですか。
知枝:少しは驚きなさいよ。可愛げのない。
涼介:これでも驚いてます。それで、俺の質問には無視ですか?
知枝:なにしてるかって?それはもちろん戸締まりだわよっ!持ち回り当番の!
涼介:あー・・・。なるほど。
知枝:でね?後、締めるのここだけなんだぁ。何言いたいか解るよね?
涼介:早く出ろと。
知枝:そう言う事だ!きりきり歩けぃ!
涼介:分かりました。すぐ片付けるので。
知枝:3秒以内ね。さーん。にーい。いーち。
涼介:・・・よく普通に喋れますね。
知枝:ん?何が。
涼介:今日、俺があんな事したのにもかかわらず。
知枝:あー。そのこと。・・・うん、大丈夫。ばっちり傷ついてる!
涼介:・・・・。
知枝:とはいえ、だ。この男前な知枝さんはそれくらいではへこたれないのである!
本音を言うと、今すっごい太ももの辺り痛いけど。
涼介:まぁ、だいぶ乱暴にしましたからね。すみません。
知枝:本当だわ。慰謝料として3億円要求する!
涼介:ローン組んで良いなら。
知枝:そんな事はさせられないなぁ。現ナマで目の前にどどんと並べなさい!
涼介:・・・無理して喋ることはないでしょう。
知枝:無理なんかしてないわよ。別に。というか、アンタが言ったんでしょ。裏切らないって誓えと。
で、私は裏切らないで居るわ。この通り。
涼介:そう・・・ですね。
知枝:だから、アンタも本心の所ぶっちゃけなさいよ。
涼介:・・・・・。
知枝:とりあえず、この際だからぶっちゃけるけどさ。
実は私、案外平尾君のこと気になってたんだぁ。だからさ、あんな事されるとさ。抵抗できないよねぇ。
そういえば、平尾君。君は案外モテていること知ってる?
涼介:そうなんですか?
知枝:そうなんだよ。でだ、ウチの可愛い後輩達が君にメロメロでね。
もう、いろんなデレデレ話を聞かされ、何度、助力をさせられそうになったか。
で、その内なんだよ。いつの間にかさ。想うようになっちゃったって訳。
我ながら恥ずかしいね。・・・全く、少女漫画のサブキャラじゃないんだからって。
涼介:ええ。
知枝:ねぇ、平尾君。聞かせてほしいことがあるんだけど。
涼介:なんでしょう。
知枝:今日一日。自己嫌悪してたでしょ。
涼介:そんなこと・・・。
知枝:あるね。いつもより仕事効率悪かったモン。部長の地雷何個踏んだのさ?
・・・ねぇ、平尾君。いい加減止めなよ。何でもかんでも自分傷つけて、傷を隠すの。
涼介:貴女に・・・貴女に何が分かるんですか!俺の何が!
知枝:何にも分からない。だから聞きたいの。アンタの口から。
言ってよ。少しくらいは分かってあげられるかもしれないし。
涼介:分かる訳・・・ないです。だって、俺は、あの子を壊したんだ。
割り切ればいいのにずるずるといい加減なことをして、あまつさえ、アイツの事を利用したんだ!
守るとか言って、利用したんだ!
知枝:ふむ。・・・うん。なんとなく掴めるような掴めないような感じだけど、とりあえず、こうしようか。
ほれ、頭貸してみ。
涼介:・・・なにを・・・
知枝:なでなで〜良い子良い子。
涼介:え、あの・・・笹倉さん?
知枝:いやさ。平尾君。キミってお兄さん過ぎてさ。ぜーんぶ抱え込んで大人になっちゃったタイプでしょ。
私も長女だからよく分かるのよ。泣きたいけど我慢しなきゃなんないって状況。
・・・泣けば良いんだよ。なんなら、私の前でなら泣いても良いよ。
涼介:・・・・・。
知枝:なぁんて、言おうかと思ったけど。居るんだよね。想い人。
涼介:それは・・・どうなんでしょうね。
知枝:そっか。でもまぁ、できるんならその子に甘えちゃえ。それでも無理ってんならウチにおいで
涼介:出来ればいいですけど。
知枝:あ、1つ言っておくけど。私、隙があったら奪うから。君のこと。
涼介:すごい、意欲ですね。
知枝:ふふーん。覚悟したまえ。なんてね。さ、いい加減帰ろうか。
涼介:そうしたいところですが・・・。笹倉さん。戸締まり。替わっていただけませんか?
知枝:え。なんで?
涼介:いえ、深い意味はないのですが。替わって下さい。お願いします。
知枝:いや、そりゃあ、私の仕事が減るから別に替わっても良いんだけどさぁ。
どうしてよ。理由を聞かせて?
涼介:それは、企業秘密に。
知枝:どういう意味よ。
涼介:いいですから。替わって下さい。
知枝:仕方ない・・・けど。変なことしないでよね?怒られるの私なんだから。
涼介:分かって居ます。とりあえず、先に帰って下さい。
知枝:はいはい。よくわかんないけど。それじゃあ、おつかれさん。
・・・ちゃんと帰るのよ?
涼介:はい。お疲れ様です。
真優:今日の収穫は少ないなぁ。五万も稼げたら良い方かぁ。
知枝:あれ、貴女確か・・・。
真優:・・・ちっ。
知枝:えっ・・・舌打ち!?
真優:なに。あんた。
知枝:貴女、平尾君の妹さんよね?こないだはゴメンね?忘れ物渡すためとはいえ、いきなり押しかけて。
真優:ああ、なんだ、あの時の。・・・いいよ。別に。
知枝:ホントゴメンね。あ、何だったら鯛焼きおごろっか!
真優:要らない。っていうか、このご時世、鯛焼きなんかどこで売ってるのよ。
知枝:ふっふ〜ん。実はだね。そこの路地を入ったところに旨い鯛焼き屋さんがあるのだよ。
という訳で、一匹付き合いたまえ。
真優:付き合う義理なんて・・・ってちょっと!?
知枝:いいのいいのー。おねーさんに罪滅ぼしさせなさいな。
真優:だから、なんの罪なんだって!
知枝:んー。お兄さんを傷つけた罪?
真優:っ!
知枝:なんちゃって。冗談だよ。実際傷つけられたのは私の方だし。
まぁ、正直に言えば、私が貴女と仲良くなりたいだけなんだけど。
真優:・・・何かしたの?涼介。
知枝:んー?何かはあったけど、無かったって言えば無かったって事になるかな。
真優:何をいってんの?
知枝:そうねぇ・・・なぞなぞ?
真優:馬鹿じゃないの?
知枝:年下にバカと言われる日が来るとは・・・。
真優:あー!もう!調子狂うなぁっ!あんたと話してたら調子狂う!
知枝:アハハ、ごめんね。私ってすっごいマイペースだから。
真優:マイペースすぎて腹が立つ。
知枝:そうむくれないでよ。ほら、お詫びの品。
真優:・・・・・。
知枝:嫌い?鯛焼き。
真優:もー!分かったから!もらうからそんな目で見ないで!
知枝:ふふふ。かわゆいかわゆい。
真優:・・・何も言わないの?
知枝:んー?なにが?
真優:私の事。知ってるんでしょ。涼介から聞いてるんでしょ?
知枝:うん。知ってる。まだ十代ということも聞いてる。悪い子だねぇ。お兄さんが仕事で遅いからって。
真優:帰れとか言わないの?
知枝:言って欲しい?んなわけないよねぇ。いや、実は私も不良少女だったクチでね。
人のこと言えないんだわ。だから、別にいーんじゃない?って思うけど。
真優:そう・・・。
知枝:あまりよろしくはないけどね。まぁ、青春は謳歌するモノだよ。うん。
いやー。それにしても・・・。
真優:なによ?じろじろ見て。
知枝:いやぁ、似てるなぁって。
真優:だれによ。
知枝:そりゃあ、お兄さんによ。
真優:涼介に・・・?
知枝:だってさ。顔のパーツとかよく見ると似てるし、こう、性格もなんかさっぱりしてるし。
真優:そう・・・。
知枝:まぁ、兄妹なんだから当たり前だっていうね。うん。
真優:よく知ってるんだね。涼介のこと。
知枝:ほぼ毎日顔を合わせるからねぇ。
真優:・・・ないから。
知枝:ん?なによ?
真優:あげないからっ!涼介は。絶対に!
知枝:・・・・ぷっ、あはははは!
真優:笑わないでよ!こっちは真面目に!
知枝:いや・・・ごめんごめん。でもさ、あはは。いや、真面目に言われたからちょっとビックリしちゃった。
真優:むぅ・・・。
知枝:あー、むくれないで!ごめん!お詫びにもう1つ鯛焼きあげるから!
真優:いや、それはホントに要らない。
知枝:話は変わるんだけどさぁ・・・。お兄さん。最近どんな感じ?
真優:どんな感じって・・・そんないい加減な質問。
知枝:最近、変わった事無い?
真優:別に。
知枝:そっか。
真優:なんでそんな事、聞くの?
知枝:・・・最近、仕事中にうわの空で居ることが多くてね。気になったんだ。
真優:そう・・・。
知枝:彼の抱えてる問題は私とか、職場の人間がどうこうできる問題じゃないと思うから。
たぶん、あなたじゃないと、解決出来ないんじゃないかなって。
真優:・・・考えとく。
知枝:お願いね。
涼介:・・・なにやってるんですか?
真優:涼介・・・。
知枝:おー、平尾君。いらっしゃい。
帰ってたら偶然見つけたのよ。妹さん。
涼介:なんで、こんな時間にいるんだ?
真優:それは・・・
涼介:バイト、辞めたんだろ。なんでこんな時間にうろついてんだ?
真優:えっと・・・、それは・・・その・・・
知枝:はーいストォーップ!
涼介:なんですか。
知枝:心配してるのは分かるけど。こんなこと、町の往来でする事じゃないでしょ。
それに、妹さん、凄く萎縮してるんだけど?
涼介:あなたには関係・・・
知枝:無い。けど、言う。
だって、私は妹さんの側だから。
涼介:何を言ってるんですか。
知枝:いやね。この数分?いや、数十分?喋ってみて思ったの。
この子は・・・私の妹とすると!
真優:・・・はぁ?
涼介:お酒でも入っているんですか?その鯛焼きは。それとも、過労で頭が変になりましたか?
知枝:何とでも言うがいい!しかぁし!今の君にこの子を渡す訳にはいかない。
涼介:そんな勝手なことを。
知枝:そんな勝手なことを、まかり通すのが私だよ。
という訳で、行こう!逃避行だ!
真優:あ、ちょ、ちょっと!?
(真優の手を引いて走り去る知枝)
涼介:はぁ・・・。なんかもう、疲れた。
(ふと空を見上げる涼介)
涼介:息・・・白いな。
真優:だぁかぁらぁ!涼介はなぁにもわぁかってないのっ!
知枝:そ、そうなんだ。
真優:私が涼介の事をさぁっ!どーんなに思ってるかなんて知らないのよ!
知枝:大好きなんだね。平尾君のこと。
真優:あったりまえのこんちきちぃ〜っ!
知枝:ちょ、ちょっと。もうそれくらいにしときなって。
真優:なにがぁっ!?
知枝:今何杯目だ?
真優:五杯目ぇ〜っ!
知枝:お酒はもう没収!
真優:なんでぇ〜っ!
知枝:なんででも!
真優:けちぃ〜!おわびしろー
知枝:だから鯛焼きおごったじゃんよ!
真優:・・・・・。
知枝:ったく、あんまり悪い子してると悪い人に捕まっちゃうんだからね。
真優:くぅ・・・くぅ・・・
知枝:・・・それこそ、私みたいな。君から大好きなお兄さん取り上げようとしてる人間にね。
真優:・・・・・。
知枝:あれ?・・・寝ちゃった?おーい。
真優:・・・もう食べられないよぉ。
知枝:ど、どんな夢を見てるんだ・・・。でも、危なかった。うん。まさかだった。
真優:すぅ・・・すぅ・・・。
知枝:この私が飲み比べに負けそうになるとは・・・この歳でザルかよ。
真優:りょう・・・すけぇ・・・
知枝:まったく、風邪引くぞぉ?・・・さて、と。
(真優の携帯を取り出し、涼介の携帯番号を探す知枝)
知枝:あったあった、平尾涼介。えっと、080・・・よし、これでアイツ驚かしてやるかねぇ。
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知枝:そこはかとなく気付いた。彼の言っていた「傷つけてしまったアイツ」が誰なのか。
彼女の口ぶり、愛情の向かう形。それが全て、話してみてピースがはまるように理解出来た。
許されない関係。そうと分かっていながら止められない関係。
あの子達が一体どこへ向かおうとしているのか。その先には何があるのか。
・・・私には何も出来ない。
涼介:もう、潮時かもしれない。俺が居たって真優を幸せになんてしてやれない。
いや、それはずっと前から分かっていたはずだ。
でも、そんな現実を見るのが嫌で。俺はずるずると泥沼にはまっていったんだ。
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(涼介の携帯電話が鳴る。見慣れない番号に不審がりながらも出る涼介)
涼介:はい。
知枝:お、出た。やあやあ平尾君。
涼介:間違い電話みたいですね。切ります。
知枝:まてまてぇい!気付いてるだろ!私が誰なのか。
涼介:で、何の用ですか笹倉さん。
知枝:いや、妹さん。引き取ってもらおうかとおもってね。
涼介:今、そこに居るんですか?
知枝:うん。居る。酔っぱらって寝てる。
涼介:飲ませたんですか。
知枝:気付いたら勝手に飲んでたの。私から誘ったんじゃないからね?
涼介:ったくアイツは・・・。
知枝:とりあえず、これから言う住所まで迎えに・・・あ。
涼介:・・・どうしました?
知枝:ちょ、ちょっとどこに行くの!?・・へ?だからって今出てっても電車なんて・・・あ、こら!
涼介:笹倉さん?どうしました?
知枝:・・・すまん。平尾くん・・・。逃がした。
涼介:逃げたんですか?
知枝:今すぐ追いかける!平尾くんも探して・・・
涼介:大丈夫ですよ。家に帰ったんです。
知枝:どうしてそうわかるのさ!
涼介:なんどかこういう事があったんです。だからそう言えます。
知枝:だけど・・・
涼介:妹のことは任せておいて下さい。・・・笹倉さん。
知枝:なに。
涼介:後日、時間貰えますか?
知枝:なにさ。改まって。
涼介:すこし、お話したいことが。
知枝:なるほど。・・・まぁ、いいよ。私も言いたいことあったし。
涼介:では、またこちらから連絡します。お騒がせしました。
知枝:一応、連絡してよね。妹さんのこと。
涼介:はい。それでは。
・・・これで、終わりにしよう。全部。
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真優:お父さんに初めてクリスマスに買ってもらったおもちゃが、ウサギのぬいぐるみだった。
真抜けた顔で涙を流す表情をしたそのぬいぐるみは、私にとって一番の宝物になった。
つらい時、悲しい時、寂しい時。私と一緒に泣いてくれた。
そんな愛着のあるぬいぐるみを、私はいつの間にか手放す様になった。
お父さんが私もお兄ちゃんも置いてどこかへ行ってしまった時から、このぬいぐるみはお兄ちゃんにとっては嫌悪の対象になった。
そんなお兄ちゃんを見たくなくて、私は持たなくなった。
もしかすると、その時から、私はお兄ちゃんのことを、涼介の事が肉親としてじゃなく、異性として好きだったのかもしれない。
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涼介:ただいま。
真優:・・・・・。
涼介:やっぱり帰ってたな。
真優:・・・・うん。
涼介:電気も空調も付けないで何してんだ。風邪引くぞ。
真優:いい。
涼介:いいって・・・いい訳ないだろ。
真優:来ないで。来たら舌噛みきるから。
涼介:どうしたんだ。真優。
真優:ねぇ、お兄ちゃん。私ってさ。壊れてるのかな?
死んだ方がいいのかな?
涼介:何言ってるんだよ。
真優:許されないのに。お兄ちゃんのこと好きになって。
お兄ちゃんを苦しめてる。
涼介:そんな事は無い。俺は別に苦しんでなんか・・・
真優:嘘。お兄ちゃん優しいから、そう言って思い込もうとしてるだけだよ。
涼介:それは・・・
真優:あの日、お兄ちゃんに見つかった日。何してたか分かる?
涼介:・・・分からない。
真優:売春だよ。お金欲しくて手頃なオッサン捕まえてヤってた。
涼介:・・・・・。
真優:世の中不況だなんだって言っておきながら、持ってる人は持ってるんだね。
感じてる演技するだけで5万貰えるんだから・・・
(涼介、真優をはたく)
涼介:こんな事、俺がお前に言えた義理じゃないけど。もっと自分の事を大事にしろ。止めるんだそんな事。
真優:大事にしてるよ。だから、したんだよ。お兄ちゃんにシて貰って、それでも足りないからお金貰ってヤッたんだよ。
涼介:もう良いんだ、真優。そんな事しなくて良いから。俺は、どこにも行かないから。
真優:止めて、優しい言葉かけないで。抱きしめようとしないで。
嫌でしょ?私に押し倒されるの。今、涼介がそんな事したら私・・・発情しちゃうよ?
涼介:っ・・・。
真優:好きなんでしょ?笹倉さんのこと。だったら、私じゃなくて笹倉さんの所に行きなよ。
私は一人で暮らすから。
涼介:そんなこと出来るのか?
真優:できるよ。だって、涼介が居なくなった後、施設で言われてたもん。仕事の出来る良い子って。
涼介:でも。
真優:ねぇ、お兄ちゃん。今決めて。私を恋人にしてここに居るか。それとも、置いていって東京にいくか。
涼介:俺は・・・
真優:さぁ、決めてよ。
涼介:俺は・・・。俺は、お前を恋人には・・・出来ない。
真優:・・・・だよね。
涼介:でも。
真優:いいの。分かってたことだよ。お兄ちゃんも気付いてたでしょ。
いつまでも続く訳無いんだよ。だって、間違ってることだもん。
涼介:なぁ、真優。・・・俺の前から居なくなったりしないよな。
真優:それって、死んじゃうって事?
涼介:俺は、真優まで・・・失いたくない。
真優:はは、なにいってんのかなぁ。このお兄ちゃんは。私はそう簡単に死ぬようなたまじゃないよー。
涼介:・・・・。
真優:笹倉さんにゴメンナサイって言わなきゃ。飛び出して来ちゃったし。
お兄ちゃん言っておいてよ。今度、お詫びに菓子折でも持って行きますって。
涼介:ああ・・・。
真優:あー。うん。ひとしきり泣いたらお腹空いちゃった。ねぇ、食べに出ようよ。
どうせ、お兄ちゃんも食べて無いんでしょ?
涼介:そうだな。
真優:こないだ行ったファミレスいこうよ。あそこのパフェ美味しいらしいし。
あ、でも太っちゃうとやだなー。
涼介:真優・・・。
真優:ん?なに?
涼介:・・・ごめんな。
真優:・・・うん。いいよ。
・・・大好き。お兄ちゃん。
知枝:で・・・ほんっとに菓子折持って来るとは思わなかったよ。
真優:へへー。私は有言実行する人間だものー。
知枝:そう・・・まぁ、立ち話も何だし。上がりなよ。
真優:おっじゃましまーす。
知枝:ったく、掴めない所までそっくりだわ。ホントに兄妹だね。
真優:一卵性双生児じゃないのにね。
知枝:それは、自分で言う事かな。・・・最近どうなの?お兄さん。
真優:あれ?メールしてないの?元気そうだよ。
ずっと働き詰めみたいだけど。
知枝:まぁ、ヤツのことだし。そう簡単にヘマはしないだろうけどな。
真優:あー、でもこの間、言ってたんだけど。課長の弱点は見つけておいた。って。
知枝:・・・相変わらず、闇の帝王みたいな事をしてるんだな。
真優:これも一種の世渡りだとかなんとか。
知枝:さすがというか、なんというか・・・。
真優:で、いつになったら付き合うの?お兄ちゃんと
知枝:なっ!?
真優:だって、お互いに好きなんでしょ?お酒飲んでた時に言ってたじゃん、私から奪うって。
知枝:え、まさかあの時寝てなかったの!?
真優:んー。寝かけてたって感じかなー。で、どうなの?
知枝:たぶん、腐れ縁で終わるよ。お互いにコレが今居やすい環境だろうし。
真優:ちぇーつまんない。私笹倉さんみたいなおねぇさんほしいー。
知枝:・・・奪っちゃってもいいの?私が。
真優:うん。お兄ちゃんに拒絶されたときはかなりへこんだけど。もう、二ヶ月も経ったら慣れちゃった。
慣れってコワイね。で、今は目下、笹倉さんにベタ惚れ中だから!
知枝:そ、それは喜んで良いのかな・・・
真優:いっそ、お兄ちゃんから奪ってやろうかな。
知枝:いや、それもそれで、おかしいだろうに!
真優:へへーん。・・・相変わらず、寒いね。
知枝:でも。陽射しに暖まった風は気持ちいいよ。12月とは違って。
真優:人の成すことには潮時というものがある。
うまく満ち潮に乗れば成功するが、その機を逃すと一生の航海が不幸災厄ばかりの浅瀬につかまってしまう。
知枝:なにそれ?
真優:シェイクスピア。ちょっと博識ぶってみたり。
今思えば、あの時期は浅瀬だったのかなぁって。
知枝:・・・なるほどね。でも、だからって今が満ち潮とは言えないけど。
真優:凪の今なら海に漕ぎ出すのには良い時期かも・・・ね。