夜中のある寂れたバー、そこでは客同士の暴力が黙認されていた。
何故ならそこのマスターが暴力を見るのを好んだからである。
今宵も、一方的な暴力が振るわれていた。
三人の男が連れてきた、いや、拉致してきた18歳前後の少女を、凶器を手に追い回していた。
ここは裏世界では有名なバーで、一般の人間で知ってるものはほぼ皆無、外部の目に晒される事がなく、独自の法律さえ存在していた。
「オラ、店から出れたら見逃してやるつってんだろォ? 少しは体はれよゴラァ!」
一人の不良が振りかぶった鉄パイプが少女の数センチ横を掠める。
「ひぃ・・・」
少女が頭を庇いながら逃げ惑う、少女は小柄で暴力とは無縁だった、リスクを冒して出入口に向かうなんて事は出来なかった。
なにより唯一の出口には不良の仲間である見張りが待ち構えている。
殺人目的のリンチ、それさえもマスターは笑顔で眺めていた。
そんな時、ベルが鳴り、出入口が開く。
現れたのは白髪の男、だが顔、体格から推定するに20台前半、服装も薄い長袖のシャツにジーパンとラフな格好だ。
表情には人懐っこい笑みを浮かべており、この場に不釣合いな事この上なかった。
「よぅ兄ちゃん、ここ、通してくんないかな?」
まるで友人と話すかのように男は見張りに問いかける。
「あぁ? 見てワカンネェのか? 取り込み中だっつうの、酒飲みたきゃ違う店行くんだなぁ」
威嚇するような見張りの声、だが男は変わらない。
「あ、ダメ? 困ったなぁ、それじゃあ実力行使しちゃう事になるんだけど、どいたほうが良いと思うんだけどな、オレ」
その言葉に不良がキレた。
「取り込み中つってんだろがボケェ!」
壁に立て掛けてあった鉄パイプで男の左腕めがけフルスイングした。
骨の折れる音、腕はあり得ない方向に曲がっている。
「んー、遠慮のない良ー攻撃、キレた人間て怖い、ね!」
殴り終わりでスキだらけの所で男がポッケに忍ばせたナイフを走らせる。
その刃は首の大動脈を的確に切り裂き、一撃で命に届いた。
「へっへー、凶器で一発、お相子お相子」
首を押さえながら悶える見張りの肩を叩いて横を通り過ぎていく。
「その鬼ごっこオレも混―ぜて」
小学校で言えば違和感のない言葉もここでは異国の言葉も同然。
場の全員が声の主を見る、男は見張りの返り血で真っ赤だ。
「テメェ、カズを殺したのか?」
不良がドスの聞いた声で男に問う。
「んー、多分死ぬんじゃね? 痛いよね、首切るの、あれは一回体験すれば十分だね、うん」
不良たちは言葉の真意をつかめずキョトンとしている。
「お、悪い悪い、言い方が悪かったよ、殺しましたよ、まだかろうじて生きてるけどね」
彼らはそこでやっと理解した、仲間はあの男に殺されたのだと。
「オンドレェ!こっから生きて帰れると思うなよボケェ!」
女に向けられていた凶器が一斉に男へ向かう。
「ヘイヘイ、行きますよー」
そこにのんびり歩いていく男。
「死ねやカスがぁ!」
フルスイングした金属バットが男のあばらを全て持っていき、男は大量の血を吐く。
「獲ったァ!」
それを見て、不良は勝利を確信した、この手ごたえは人が死ぬときのそれだ、だが・・・
「そら」
男は怯まず不良の心臓めがけナイフを突き出す。
刃は肋骨の間をすり抜け生命の急所を確実に捉える。
「テメェ、よくもユウまで!」
残った二人はさらに激する、そのせいで男が普通と違う事に気付かない。
「ヒドイなぁ、人のこと一回殺しといてさ、相子だって」
奥深く刺さったナイフを手放し、目の前の不良を突き飛ばす。
「げほっ、ちぇ、アバラはやっぱりしんどいぜ」
再度吐血した男の頭めがけ、三人目が金属バットを振り下ろす。
「おいおい、せっかくの男前を潰す気かよ」
一歩横にずれ肩でバットを受ける、そのまま相手の力みを利用し、床に無理やりキスをさせる。
「あんたが一番可哀想かも、な!」
男は背中を思い切り踏みつけた、背骨は折れ、内臓は潰れ、破れた腹から飛び出す。
「さて、後はひ・・・」
ポキッと言う音と同時に男の首が前にぶら下がる。
最後の一人が後ろから首を鉄パイプで殴ったのだ。
「チックショウ!こいつ、三人も殺しやがって!」
不良は立ったままの男を蹴飛ばし、女に向き直る。
「テメェのせいで全部壊れたんだ、殺すだけじゃ許さねェ・・・」
最初の理性を含んでいた恨みではなく、怒りや殺意を露にした憎悪。
少女は先ほどの凄惨な殺し合いを見ていたせいもあって身動きできないほど怯えていた。
それを見てマスターはため息をつく、今日はこれで終わりかと名残惜しむかのように。
「ハッ、テメェの体使って前から試してみたかった事全部やってやるァ、せいぜい楽しませろよ?」
「いやぁ、だれかぁ、誰か助けてぇ!」
「あいよ、オレにお任せアレ」
今返事したのは不良でなければ、もちろんマスターでもない。
同時に三人が声の元を向く、不良の真後ろにそいつはいた。
折れた頭を左手で支え、右手には血塗れのナイフ。
「二回も殺してくれちゃって、ホントご苦労様、労いに四名様地獄ツアーにご案内だぜ」
男は友人の肩を叩くような気軽さで不良の首を掻っ切った。
目を疑うような光景だった、アバラと首が折られた人間が、今目の前で喋り、人を殺したのだ。
最後の一人の死に顔は、驚きと恐怖で染められていた。
「お嬢さん、ご無事でーすか?」
「え、あ、そ、その、あの・・・」
少女は今の言葉でこの男が自分を助けに来たんだろうとなんとなくは理解をしていた、だが心を支配して安心感ではなく恐怖だった。
仮にも彼女は裏世界に通ずる人間だ、荒事に慣れていなくとも他人の血は幾度となく見てきた、だが目の前のソレは立って喋っていなければ死体となんら変わらない状態。
「あー、うん、言って分かるかな、オレ、死ねない人間なんだよ」
彼女はおぼろげながら目の前のソレを理解した、彼は特別な人間、能力者なのだということを。
なぜなら彼女は仕事柄、声を高らかに仕事を語れない人間を何人も知っているからだ。
例えば物を入れ替えられるカジノのディーラーや、物を劣化させることのできる建築業者、詰まる所の詐欺師。
だから不可解なその男の状態を受け入れたのだ。
「えっと、助けていただいて・・・」
「タンマ、オレは人に頼まれて仕事しただけ、感謝されるアレはないんで」
そう言うと男はナイフをしまい、代わりに携帯を取り出した。
携帯を操作しながら大きく咳き込み、血を吐く男。
「あの、大丈夫ですか?」
「おう、肺にアバラ刺さってるだけだから」
少女の心配を自分の致命傷を説明し、それだけと一蹴し、通話を始めてしまった。
「もしもし、りょう涼? 仕事終わったから来てちょ、首折っちまって外で歩けないんだわ、・・・おぉ、ソレもお願い、じゃ、急ぎで、じゃな」
男は通話を切り、携帯をしまうとイスに座った。
「あ、あの、死ねないって、どういうことですか?」
沈黙が訪れるのを恐れた少女が男に問う。
「お? そうだな、文字通り死が訪れない、どんなに大きな傷を負ってもいつかは体が正常に活動できるよう修復しちまう、大体人と体の構造も変わんないんだけど心臓が止まろうが脊髄が傷つこうが、脳を潰されようが意識は途絶えないし指先も思うように動かせる、息が出来なくても物が食えなくても、どんなに苦しくても生命活動が停止しない、つまり死にたくても死ねないんだ、へっへー、おもしろいだろ?」
「は、はぁ・・・」
とてつもなく凄惨で不幸な事を男は笑って話した、だが強がりにも冗談にも聞こえなかった、男はそんな自分を本気でおもしろいと思っているのだ。
少女が聞いたことを後悔し、違う話題を探そうとした時、出入り口が勢いよく開いた。
現れたのは気の強そうな女性だ、その手には少し大きめのカバン。
「とうや桐也、お待たせ!」
「げほ、おう、待ったぜ」
血を吐いてから男が返事した、どうやら電話相手が到着したらしい。
「マスター、この机借りるね」
この店の掟、「客の事情に余計な干渉をしない」を順守していた、ように見せかけ男にビビッてグラスを拭き続けていたマスターが頷いた。
彼は裏世界を知っているとはいえ、所詮は見学者、能力者の存在を知らなかったのだ。
「はい、服脱いでここに寝て」
「えー、初対面の女の子に裸見せるのー?」
「バカなこと言ってないで早くしなさい」
桐也はトランクス一枚の格好になって机に寝そべる。
「それじゃ、始めるわよ」
そう言うと涼は荷物からペットボトルを取り出し、桐也の傷口に中身をぶっ掛けた。
「うっあぁああああ!ぐぅ〜、何回やってもマジで慣れねぇなコレ!」
「はいはい、分かったから」
どれだけ殴られても呻き声一つ上げなかった男の悲鳴を無視し、涼は桐也の体を優しく撫でていく。
すると青くなっていた内出血の痕とアザが消え、殴られた歪みは戻り、折れた骨も繋がっていく。
「すごい・・・」
少女が思わず見とれて声を漏らす、きっと彼女も能力者だと理解し、この二人組が敵になった人たちはかわいそうだと思った。
きっと涼のと呼ばれた女の人の能力は体を治すもの、死ねないけど治癒の早さが常人と変わらない彼には必要不可欠の能力、けどそれがあるだけで彼はダメージを心配する必要がなくなる。
「ふぅ、終わったわよ」
「サーンキュ、う〜ん、五体満足ってやっぱり幸せだぁ」
大きく伸びをした桐也の体には大きな傷痕が残っていた、涼の力では自力でふさがり、残った傷痕までは再生できないのだ。
涼は桐也がさっきまで着ていた服をビニール袋で包み、新しい服を桐也に渡した。
「どうも、さて、そこのお嬢さん」
桐也が服を着ながら話し始める。
「オレが言うのもアレだけど無茶はよした方がいいぜ、アンタ、味方も多いんだろうけど敵はそれ以上に多いだろ? 依頼人の口ぶりから察するにフリーの仕事人だろ? どっかに腰すえたほうが楽だぜ」
「分かってますよ、けどあなた達もフリーのランサーですよね?」
服を着終わった桐也がへたり込んだままの少女の前でしゃがむ。
「立てる?」
「あ、はい」
桐也の手を借り、少女が立ち上がる。
「さて、オレはこう見えても雇われだ、雇い主はこいつだけど、こいつも別に裏に精通してるってわけじゃない」
「じゃあどうしてこんな仕事を?」
少女は自分を襲った人間と桐也の口ぶりで二人に依頼した人は大体予想がついていた、その人はとある裏組織の要人、一般に依頼するような人じゃない。
だからこそ今の言葉に疑問を感じた。
桐也が目配せすると、それに答え涼が頷く。
「オレのほうはこんな体してるからってだけ、雇い主様からの報酬は体の治療、内容は普段どおり仕事してろってだけ」
少女は首をかしげる、それを見て涼が続けた。
「私、弟を探してるの、あいつ、こっちの世界で働いてるらしくて」
「そんで仕事してりゃそのうち見つかるさって作戦さ」
それを聞いた少女が何かを決意したような顔で頷いた。
「あの、私、腰をすえたいと思う場所、出来ましたよ」
「え、それってどういう流れな訳?」
「お礼代わりといってはなんですけど、私を役立ててください、私、代理交渉人をやっていて、絶対に力になりますよ」
二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「ちょうどそういうスキルが必要だったんだよ、どうも下手に出るの苦手でね、オレ」
「物凄く助かるわ、ぜひこっちからもお願いするわ」
その言葉に少女の顔がぱぁっと明るくなる。
「ありがとうございます!私、おくひら奥平ともか朋香って言います、よろしくお願いします」
ゆっくりお辞儀をし、丁寧に自己紹介が行われた。
「私はみながわ水川りょう涼、よろしくね」
「オレはあらはた新幡とうや桐也、これからよろしくな」
これは、桐也と涼が出会って半年経った頃にあった出来事、朋香とも出会いから、彼らの運命は大きく動き始めるのだった。
おまけ
朋香が仕事するのに不便だからって家に越してきた。
昔スナッフムービーにガンガン出演してたときに一軒家を建てて、部屋が余ってたから涼と朋香におすそ分けって所。
んで、まぁ忙しすぎるのもアレなんで今日は家でゆっくりテレビを見ていた。
「なんか昼間って大したもんやってねぇな」
「それならニュースでも見てなさいよ、あんたただでさえ世間知らずなんだから、朋香ちゃんに頼りっきりにならないように少しは勉強しときなさい」
「なんだよぅ、お前も人の事言えないだろー」
とか言いつつ適当にニュースを点ける。
「次のニュースです、昨日未明、T県のバーで殺人がおこりました、店主の証言によりますと、客同士の争いが激化したすえ殺し合いに発展したとの事、しかし、現場の状況から店主が虚偽の証言をしている疑いがあり、調査・・・」
あ、これ昨日のバーじゃん。
「うっわ、あのマスター捕まってんし、あっはっは!かっわいそー」
「あんたニュース見て何爆笑して・・・、うわ、あのマスター捕まったんだ、はは、余罪がなんたらって悲惨ね、この人」
なんか人の事言っときながら自分も笑ってるよこの人。
「ふぅ、やっと荷物の整理終わりましたよ、あれ、昨日のことニュースになってるんですか?」
「そ、マスターが御縄したらしい、ま、これも朋香の事後処理が完璧だったからだな」
あの後、朋香の指示で隠蔽工作したらオレたちは痕跡ゼロ、マジで大助かりだぜ。
「でもあのお店、犯罪の温床になってましたから、結果としては良かったんじゃないでしょうか?」
「そうね、ちょっと気の毒だけど」
とか言ってまた笑う涼、こいつ、いい性格してるな。
「んじゃ、一区切りついたみたいだし、菓子でも用意すんよ、テレビでも見て待っててくれ」
さて、近いうちに凄惨な日々が始まるんだ、今のうちあいつらに楽させてやんないとな。





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