「何でもなく特別なクリスマスの話」  作 佐和島ゆら

羽倉梓(26/♀)……本のデザインの仕事を自宅でしている。一ヶ月前まで飲食業でアルバイトをしており、クリスマスと聞くとつい働きそうになる。品田祐馬とは恋人関係にある。

品田祐馬(27/♂)……激務過ぎて社畜養成所と呼ばれてしまうような会社で忙しく働いている。梓と会うのは本当に楽しみにしている。
              だが会える機会を奪ってしまう会社の仕事にもやりがいがあり、辞めるつもりがない。

香坂マリカ(29/♀)……梓が仕事でお世話になっている女性。最近離婚危機にある。

N(♀)……冒頭の散文を語る。


梓(♀):
祐馬(♂):
マリカ&N(♀):


N「その日が特別だから特別だったということでないのです
  となりの人がとなりにいるということが特別だったのです
  今日は街に優しい灯火が宿る日
  黄金の果実が実るような、一つの灯火を、二人で見つめる日
  何でもなく、特別な、聖夜の話」

シーン1 梓の自室にて

梓「……ふぅん。そっか、クッキー渡したバイト先の先輩とつき合えるようになったのかぁ。めでたいねぇ……うん……うん……そう! 私も転職してね、今はデザインで。
  ゼッタイ今度会おうね。色々聞きたいことがあるし……え、今ナニしてるかって? あぁ……ネット見ながら電話してるよ。ほらー明日はクリスマスじゃん。単発バイトをしようかなぁと思って」

梓「(間をおいて)すごい重たいため息をつかれてしまった……ナニよーあの子。同じ飲食に関わるなら、この時期のバイトの重要性は知ってるでしょうに! 
  はぁ、うずうずする。こう、催事はお仕事という接客の運命が私に……って、また電話?」

梓「はーい、どうしたの。あ、祐馬か」

祐馬「梓、相手を見ずに電話に出たのか」

梓「ごめん、さっきまで妹と話しててさぁ、ちょっと興奮しちゃって」

祐馬「ふぅん、それは大変なこった。何があったんだよ」

梓「いやね、明日クリスマスじゃん。ケーキ販売の仕事に申し込もうとしててさ」

祐馬「ケーキ販売?」

梓「そう、って何、祐馬もそんなに驚いて。別にいいでしょう。前の仕事でケーキ販売もやってたし、余裕よ、余裕」

祐馬「そうだけど……それ、マジか。デザインの仕事を始めたのに、また飲食に戻るのかよ」

梓「別に単発よー。だってあなたも明日忙しいでしょ。ハンパないでしょ」

祐馬「普段の年はな」

梓「でしょー。じゃ、明日はひとりぼっちのメリークリスマス! ……バイトしようって思うじゃない」

祐馬「あぁ……あー」

梓「どうした。祐馬」

祐馬「明日。休み、なんだよ」

梓「え! 祐馬が休み」

祐馬「お前こそ、びっくりしすぎだ。なんだ、その変な声は」

梓「いや、そりゃ……驚くよ。心臓が飛び出すよ、どーんって」

祐馬「それも微妙に怖いな……」

梓「だって、祐馬の会社、社畜養成所かと思うくらい社員を働かすじゃない。休日でも突然仕事が入るし、前は会社に行くって言って、三日連絡がつかないこともあったし」

祐馬「まぁ、そうだな……否定できないな」

梓「でも、仕事は辞めないよねぇ」

祐馬「仕事自体は面白いからな」

梓「ほどほどにね。死んで倒れる前に、死ぬ前に倒れてね」

祐馬「言い方がどうかしてるよ。梓さん」

梓「あ……ごめん」

祐馬「まぁ、そんな社畜養成所でもさすがに十五連勤したら、少しはお目こぼしをくれたんだよ。明日は休みだ、一緒に出かけよう」

梓「……何で?」

祐馬「え」

梓「明日って稼ぎ時じゃないの」

祐馬「え!」

祐馬「(間をおいて)えーとですね。えーと、梓」

梓「はい?」

祐馬「君は本当に、骨の髄まで、以前の仕事が影響してるんだな」

梓「先月まで、ばりばりに稼いでいたからかなぁ」

祐馬「それは分かるけど。俺ら、そういう関係でしょ。明日はクリスマスでしょ。なら、分かるでしょ」

梓「……あぁ、はい……」

祐馬「なんかふにゃふにゃした返事だなぁ」

梓「わ、分かってますよ。いや改めてそう言われると、恥ずかしいなぁって思っただけだよ」

祐馬「ちょっと、それは分かる気がするな……俺たち忙しすぎて、つきあってる期間の割には、全然会えてないし。あんまり恋人、恋人してないからな」

梓「それに私、そろそろ良い年になりはじめてますし」

祐馬「というと?」

梓「恋人って単語だけでも、変な甘ったるさを覚える」

祐馬「そうか……。うーん。まぁ君、経験少ないしね……だん」

梓「(遮るように)……うっさいな。で、どうしようか。明日どこで会おうか」

祐馬「待ち合わせ自体はいつもの駅でいいんじゃないか。あそこ、便利だし」

梓「そうね、時間は十一時でいいかな。ご飯、一緒に食べようよ」

祐馬「おう、あ、そうだ! 会社で聞いたレストランに行こう、クリスマス限定ランチやってるらしいからな」

梓「おお。それは楽しみだー」

祐馬「だろー。じゃ、明日な」

梓「うん!」

シーン2 路上から地下歩道へ

梓「はー。おいしかったねー! 限定ランチ! ちょっと値段が高かったけど、あれはいいね」

祐馬「おう、まさか、あの値段でフォアグラが食べられるとは」

梓「ちょっとだけだったけど、おいしかったね。すごいね……レストラン……クリスマスマジックだ」

祐馬「すごい目をしてるなぁ」

梓「そりゃ、そうだよー。すごい目をするよ。材料費どうなってんだろうって。人件費と材料費は、飲食店にとっては本当に重要なことなんだから」

祐馬「はは、は……(小声)こりゃ、しばらく抜けねぇな。職業病」

梓「なんか、言ったー?」

祐馬「いや、何でも」

梓「ふぅん、それにしても、何だか新鮮だなぁ。クリスマスにこうして街を歩いてるなんて」

祐馬「実は俺もそう思う」

梓「お店にこもって、ケーキ売ったり、ホワイトチョコにメッセージを書いたり、デートなんです、
   静かな席を用意してくださいっていうお客にシャンパン注いだり……なんか、忙しくて、記憶がないクリスマスもあったなぁ」

祐馬「記憶がないって言葉に闇を感じるよ。梓」

梓「そ、そっか。でもしょうがないじゃん、事実だし。まぁ、だから気づかなかったんだなぁ、クリスマスってこんなに街がにぎわうんだって。夢みたい……なんだか」

祐馬「夢ねぇ……」

梓M「そう夢みたいな気分だった。クリスマスだけではなくて、祐馬がとなりにいることに。気持ちが舞い上がりすぎて、本当にいるのかと思った」

祐馬「って、何だよ。いきなり自分のほっぺをつまみ出して」

梓「いや、いつのまにかつまんでました」

祐馬「なんでまた」

梓「夢ではないかと疑ってしまって……頭がふわふわするんだもん」

祐馬「はは。でつまんでみて、どうだった」

梓「痛いね」

祐馬「じゃ、夢じゃないな」

梓「……うん」

祐馬「はは、すげぇ嬉しそうだな」

梓「(小声で)……祐馬だって」

祐馬「(間をおいて)うーん。ここまで出てきたかぁ。ここの信号がすげぇ長いんだよな」

梓「祐馬、ここ地下歩道があるよ。ここから行ったほうがよくない?」

祐馬「そうだな。よし、そうしよう」

シーン3 地下歩道

梓「全然、人がいないね」

祐馬「静かだ……」

梓「結構、薄暗いし、地上と全然違うね」

祐馬「子供だったら、未知の世界へとつながっている! とか言い出して、探検しそうな感じだな」

梓「わかる、心をくすぐられるよ、この暗い感じ」

祐馬「……あの、そう言うわりに近いんですが、梓さん」

梓「いや、微妙に怖いなと思って、ここ……」

梓M「私は訳もなく指で唇を撫でた。唇には熱がこもっている。祐馬の体に肩が触れると、唇はうずくように熱を強めていった」

祐馬「梓、どうした。めっちゃ、早足だけど」

梓「え、あぁあ、そうかな?」

祐馬「そうだよ。ころぶぞ、そんな早足じゃ」

梓「そうだね。どうしたんだろ、私。顔が熱いし、もう変なこと考えちゃうし」

祐馬「どした、どうした。ぶつぶつ言い出して」

梓「いや、何でもない!」

祐馬「そう、か?」

梓「そうなの!」

祐馬「ふぅん。ため込むと毒だぞー、吐いちゃったほうが楽だぞー」

梓「そ、そう言われても、なんて言うか、その……ただ、その。……ぅしたいだけだし」

祐馬「え、肝心なところが声ちっさい。もう一回」

梓「え、ええ……その……あっ……」

祐馬「わ……」

梓「……ちょっと急いで行こうか」

祐馬「……そうだな」


梓「すごかったねーさっきのカップル」

祐馬「がっつり、いちゃついていたな」

梓「暗いから誰も来ないと思ったのかな」

祐馬「いや、来てもあれは気にしないよ。お互い盛り上がっちゃってるというか」

梓「そうだよね……いやいやいかん」

祐馬「どうした」

梓「いえ、世の中欲望にまみれたことをするのは非常に恥だと、思っただけなので」

祐馬「……はい」

梓「いいお勉強させていただきました」

祐馬「……はい?」

梓「あれ。祐馬。スマホ、鳴ってるじゃない」

祐馬「あ、うん……この音楽、まさか」

祐馬「……はい。ええ、ほんとですか。何でそんなことに……あぁ。はい……はい……わかりました」

祐馬「……マジか」

梓「どうしたの。祐馬」

祐馬「あぁ、うん……。ごめん、梓……」

シーン4 マリカと梓

梓「いや、すごい気の遣いようだったな。祐馬……。まぁ祐馬の会社だもんね、むちゃくちゃ上等な会社だもんね、そりゃ休日呼び出しだって、普通にしますわー」

祐馬「仕事はできるだけ早く終わらせてくる。ゼッタイ、戻るから……デートの続きをしよう、梓」

梓「いやいや、無理でしょ。もうこれはしょうがないって……はぁ」

梓M「私はSNSを開く。ぼんやりと画面を眺めていると、仕事の先輩のマリカさんがこの近くにいることを知った」

梓「ちょっと会って、おうちに帰ろうかな。……もしもしー。マリカさーん。今お暇ですか」


マリカ「突然、電話がくるから、びっくりしたわよ。梓さん」

梓「いや、こんなきれいなサロンで、お茶を飲んでらっしゃるとは露ほども知らなかったんです……」

マリカ「ここ、見た目が豪華なだけで。そんなに立派じゃないから。それよりもどうしたの、仕事の相談?」

梓「いえ、そうじゃないんですけど」

マリカ「あら、じゃ、何かしら。私みたいなしがない主婦に、何のご用?」

梓「いや仕事の大先輩ですよ、マリカさんは……ちょっと、人恋しくて、お話をしたかったんです」

マリカ「ふぅん、こんな日に……? 確か梓さん、おつきあいしている方がいるわよね、その人はどうしたの」

梓「仕事ですね」

マリカ「あら、それは大変ねー。寂しくならない?」

梓「しょうがないですよ。仕事ですし……。寂しいと言うところはないです」

マリカ「そうは言いつつ、我慢していることは隠しきれない羽倉梓であった」

梓「変なナレーションは止めてくださいよー」

マリカ「あらー、私は梓さんの顔に書かれてる言葉を、ただ読んでいるだけよ」

梓「いやいや、書いてませんって。そんなこと……」

マリカ「ふむぅ。ではこんな話を聞かせましょうか」

梓「話?」

マリカ「あるところに一組の夫婦がいました。夫婦は病めるときも健やかなときもお互いを助け合うと誓い結婚しました」

梓「はい……」

マリカ「ある時、夫は浮気をしてしまいました。妻に帰りが遅くなったことを聞かれても、仕事だとごまかしました。
    彼は浮気がバレないかとはじめ、心臓がとまりそうだったらしいのです。でも妻は……だまされました。仕事ならしょうがない。
    遅くなってもしょうがない……本当は、しょうがないと思っていなかったのに、愛した男の言葉を信じてしまったのです。愛していたから、我慢してしまったのです」

梓「え……それって」

マリカ「女が男の裏切りを知るには、それほど時間がかかりませんでした。自分ではない誰かを抱いた腕を持って家に帰ってくる。
    それは……どれだけの痛みだったのか。女は誰にも、夫にすら言えませんでした。
    仮面をかぶり、よき妻を演じて、いつか自分の元へと戻ってくれると、ただ未練を捨てられない、献身をむさぼり食われていると分かりながら、女は我慢します。
    もはや何のために我慢しているのか、よく分からなくなりながら」

梓「……」

マリカ「そんな女は一人で十分なんですよ。梓さん」

梓「マリカさん……」

マリカ「もう目を向けられないと分かりながら、求めるなんて不毛でしょ。でも梓さんはまだそんな場所にはきていない。
    相手の事情を理解しようとするのは悪くはありません。でも、それもすぎれば、取り返しのつかないことになりかねない」

梓「そうなんでしょうか……思うことを言っても良いでしょうか」

マリカ「それがどんなに下らないと思うことがあっても、実はすごく重要なことかもしれない。少なくともそんな、不安な顔じゃなくなりますよ」

梓「……私、ちょっと出ます。マリカさん、ありがとうございます」

マリカ「いえいえ。私は何も」

梓「あ、マリカさん」

マリカ「ん、どうしたの?」

梓「どうか今日を、よい日にして下さい」

マリカ「うん……ありがと」

マリカ「(間をおいて)……行っちゃったわねぇ。ん、あらあら、今日は冷えそうね」

マリカ「おうち、帰りたくないなぁ……」

シーン5 大きなツリーの下で

梓「はぁ。寒い……あいつに連絡してから三時間もここにいればねぇ。きれいなツリーだけど、雪が降ってくるわ、寒いわで、逆に人がいないという。もったいないねぇ、可哀想だねぇ、お前」

梓「はぁ、ホントバカだよねぇ」

梓「でも信じちゃってるんだから……恋って、本当脳味噌をおかしくするわ」

梓「ほらー、帰ってくるんでしょー。来てみなさいよーこのばかー……なんてね」

梓「……会いたいよ、本当会いたいよ、祐馬」

祐馬「あ、梓!」

梓「あ、祐馬」

祐馬「ほんとにこんな所で待ってると思わなかったぞ。めっちゃ、からだが冷えてるじゃないか」

梓「いやさ、ツリーがきれいでね。祐馬と一緒に見たいなぁって思っちゃって」

祐馬「おいおい、梓ー。勘弁してくれよ。それで風邪でもひかれたら、たまったもんじゃないし」

梓「ご、ごめん。でも、ホントに見たかったんだ」

祐馬「……まぁ、きれいだな。雪と光が混じって……ホントにきれいだ」

梓「でしょ、へへ、あ、くっしゅん」

祐馬「あずさー」

梓「……ははは。……ねぇ、祐馬」

祐馬「んー? うわ、手が冷てぇな」

梓「うん……来てくれて嬉しかったよ」

祐馬「……ゼッタイ、戻るって言ったじゃないか」

梓「そだね。ありがと」

祐馬「うん……あ!」

梓「どうしたの」

祐馬「ちょっと目をつむってくれないか、五秒だけ」

梓「え、あ、うん……んん」

祐馬「ははは……」

梓「何で、キス……」

祐馬「昼間にぼそっとチュウしたいって言ってたじゃないか」

梓「聞こえてたの、あれ! うそー」

祐馬「うん、聞こえた。あおってんのかなと思ったよ、そのくせ後で変なことを言い出すし、本当、恥ずかしがり屋だねー」

梓「うん……まぁ」

祐馬「素直に言ってよ、そういうこと」

梓「めんどうじゃない?」

祐馬「問題ある時は言うよ、ちゃんと」

梓「……じゃあ、分かった」

祐馬「おう」

梓「ねぇ、祐馬」

祐馬「んー?」

梓「大好きだよ」

祐馬「……おう」

梓M「彼はくすぐったそうに笑った」

祐馬M「今日はクリスマスだ。ある年の、彼女といるクリスマス」

梓M「何でもなく、特別な人といる、そんな素敵な日」

祐馬「よし、ラーメン食いにいこう」

梓「えー、クリスマスなのに?」

祐馬「寒くてしょうがないんだよ。近くに、ラーメンの良い店あるから!」

梓「う、それは素敵かも。バターたっぷり? コーンたっぷり? チャーシューましまし?」

祐馬「おう、今日はおごるぞー。クリスマスだしな」

梓「やったー。クリスマスーありがとー」

祐馬「俺じゃないんかい!」

梓「あはははは、そうだね!」




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