希望     作 佐和島ゆら



坂木達也/♂/17歳(病院に入院中の高校生。わりとすぐに腐りやすい性格の少年)
御都木雪音/♀/14歳(入院歴の長い少女、前向きで夢見がちなところがある少女)
坂木裕也/♂/17歳(達也の双子の弟。気のいい真面目な性格の少年)


役表

達也♂:
雪音♀:
裕也♂:



達也「かっ……はぁ。くそ、いてぇ」

雪音「あ……」

達也「ん? ……って、誰だよ。ゆ、雪音ちゃん?」

雪音「達也くん。ここで何をしているの? もう寝なきゃいけない時間なのに」

達也「ちょっと、うがい。ほら薬を飲むと口が苦くてさ、うがいしないと寝れないんだ」

雪音「……そうなの?」

達也「そうそう。っていうか、雪音ちゃんこそ、何でここに? 
    病棟ここじゃないよね。迷子にでもなったの?」

雪音「えっと」

達也「送るよ。暗いから、さぁさぁ行こう」

雪音「ま、待って! 達也さん」

達也「ん?」

雪音「今、薬を吐き出してたよね」

達也「何を言ってんの? 俺も含めてみんな看護師の前で薬を飲むんだよ」

雪音「知ってる、私、入院歴なら、先輩だから」

達也「ごめんごめん」

雪音「今口の中痛いよね。さっきせき込んだ時、いてぇ……って」

達也「言ってたっけ?」

雪音「言ってました。あのね私、聞いちゃったの。看護師さんたちの話」

達也「どんなの?」

雪音「達也さん、薬飲んでないんじゃないか、検査結果が全然良くならないって」

達也「……ふぅん」

雪音「薬、飲まなきゃ、退院出来ないのに」

達也「面倒くさいじゃん」

雪音「え?」

達也「俺は面倒くさい、体が良くなるとか悪くなるとか。もう面倒くさい」

雪音「そんなことを言うの?」

達也「あ、怒った? ごめんごめん」

雪音「面白くない。そんな変顔」

雪音「(間を置いて)薬、やっぱり飲んでないんだ」

達也「うん。看護師に言いたければ言えば?」

雪音「怒られてもいいの?」

達也「うん。どうせ俺の病気はそう簡単に死ぬもんじゃないし。
    出来るだけ入院して、昼寝のギネス記録を樹立するんだ」

雪音「何、真面目な顔で、ふざけたことを言うの。達也さんは」

達也「だって、もう三ヶ月入院してるんだぜ。飽きたよ、色々」

雪音「じゃあ、どうしたら薬飲むの? 裕也君、達也さんの退院を楽しみにしてるんだよ」

達也「あいつのこと言うのか」

雪音「そうだよ。裕也君のお兄ちゃんだから、達也さんも私の大事な人だよ!」

達也「ごめん……何言ってんだ」

雪音「ひどい」

達也「泣きそうになるなよ」

雪音「だって……」

達也「泣かれると面倒なんだよ。すげぇ、罪悪感が湧く」

雪音「罪悪感? じゃ、じゃ、悪いことをしている自覚があるんだ、達也さん!」

達也「きゅ、急に元気になるな」

雪音「じゃ、罪滅ぼしに薬を飲んでよ!」

達也「あー、その勢いが怖い」

雪音「えぇ……えー」

達也「また泣きそうになる。あぁ、分かったよ。飲むよ、飲めばいいんだろ薬」

雪音「そう、そう」

達也「しょうがないなぁ」

雪音「嬉しいなぁ。あ、そうだ」

達也「何だよ」

雪音「私の口止めをしなくてもいいの?」

達也「は?」

雪音「このままだと私、看護師さんに言っちゃうよ。そうしたら、売店に行くのにも監視がつくかもしれないよ。
    夜間のトイレも禁止になるかも。溲瓶(しびん)とか」

達也「はぁああ?」

雪音「私の言っていること、嘘じゃないからね。過去にもあったんだから。看護師監視監獄二十四時」

達也「……めんどくせ」

雪音「でしょう。だから口止めして、口止めして。懇願して」

達也「何で、そんなにノリノリなんだよ」

雪音「だって本を読んでてあこがれてたんだもん。悪のボス、女王様。かっこいいよね。相手の弱みを握るって!」

達也「裕也はすごい友達を持ってるな」

雪音「え、誉められた。嬉しいけど、それはともかく」

達也「……おう」

雪音「もっと私と仲良くなって。お話相手になって! 達也さん」

達也「……はぁ」

雪音「えへへ。すごい……嬉しい。達也さんとも仲良くなりたかったの」

達也「(間をおいて)へぇ……そう」


裕也「あっははは、仲良くなれたって雪音ちゃん本人から聞いたけど、そんな経緯があったのか」

達也「笑いごとじゃねぇよ。何が面倒くさくて子供の世話なんか」

裕也「子どもって。雪音ちゃんは十四歳だよ、年頃なんだよ」

達也「え」

裕也「あれ? 知らなかった?」

達也「あ、うん。すごい体が小さいから、小学生かと」

裕也「……うん、まぁそれはしょうがないね。彼女、病院が長いから」

達也「そんなことよりさ。お前、何か持ってきてないのか」

裕也「雑誌はいくつか。食べ物はないよ。検査結果が悪いと聞いてるし」

達也「つまんねぇの。ポテチでも食べないとやってられないっつのに」

裕也「自業自得だろ」

達也「まぁ、そうなんだけど。あー! つまんねぇ」

裕也「まったく。病室で大声をあげて……周囲がびっくりするじゃないのか」

達也「かまわねぇよ。俺はお前と違っていい子じゃないんだよ、兄弟」

裕也「双子だから、僕に兄弟意識はないんだけどなぁ」

達也「あっそ。俺もないから、安心しろ」

裕也「そっか。あぁ……悪いんだけど楽譜を見てもいい? 今日やるやつ、最終確認したいんだ」

達也「さすが、将来待望のピアニスト」

裕也「茶化さないでくれよ。僕のレベルなんて、ピアノ教室の先生になれたらいいなって、ぐらいだよ」

達也「……へぇ」

裕也「どうしたの? 変な顔になっているけど」

達也「お前って時々残酷だよな」

裕也「は?」

達也「いや、何でも。それより、入院患者の前でピアノ演奏するってさ。よくやれるよな。静かに聞いてもらえるのか?」

裕也「正直、その日次第かな。黙っていられない人がいる病棟で演奏すると、さすがにピアノの音が霞んでしまうこともある」

達也「おー、しんどい。俺なら耐えられない」

裕也「またそう言う。僕だって、慣れるのが大変だったけど、今は結構楽しいよ。
    騒がしい人もいるけど、それだけ、僕の音に心を動かしてるって思うから」

達也「はは」

裕也「笑うなよ」

達也「いや、お前って。きっと女ウケはいいだろ」

裕也「へ。何を言って」

達也「あ、顔が赤くなった。何だ、お前、何かあったのか」

裕也「別にどうでも良いだろ。そ、それより。達也、学校の課題は?」

達也「はは」

裕也「もし出来てるのがあれば、僕が持って行くけど……って、その笑いは何もやってないな」

達也「はは……難しいな、一人でやるのは」

裕也「分からないことがあったら、僕が教えるよ。ここで勉強をしないと、留年もあるんだからな」

達也「あぁ、そう」

裕也「やる気がないなぁ」

達也「だって、お前に教えてもらうのって、スパルタになりそう」

裕也「あぁ、バシバシと教える。それで、学校に早く行こうぜ。友達を作ろう」

達也「別に良いよ。友達なんて」

裕也「でも」

達也「お前、最近、学校はどうなんだ?」

裕也「別に普通だよ」

達也「そっか。それはいいな」

裕也「あぁ、うん」

達也「なぁ、学校生活。どう、普通なんだ?」

裕也「別に、とくに何もないからだよ」

達也「……裕也。知っているよな」

裕也「何が……?」

達也「俺が、そういうごまかし、大嫌いだってこと。なぁ、憐れんでいるんだろ? お前」

裕也「っつ」

達也「分かってるんだよ。学校、俺がいなくても普通に始まっているのは。
    クラスのみんなも、学期始めからいない俺の存在なんか、どうでもいいんだろ」

裕也「……それがもし正しいとしても、僕は言わない。というか言いたくない気持ちを察してくれよ」

達也「知るか。うだうだした雰囲気を感じるのだけでも、不快なんだから」

裕也「お前は……いや、何でもない」

達也「言えよ、言い掛けて終わりかよ」

裕也「悪いけど。言いたくない。発言するのは僕の自由だ。それが不快だとしても、今は謝らない」

達也「訳わかんねぇ」

裕也「それでどうぞ。ん……そろそろ行かないと。また、来る」

達也「あ、そ」

裕也「うん。少しは勉強しろよ」

達也「……気が向いたらな」


雪音「あ、達也さん。ありがとう、私の病室まで来てくれて」

達也「君が来いって言ったんだろ。わざわざ看護師使ってまで、言ってきたくせに」

雪音「あはは。ごめんね。私、あんまり病室から出られないから」

達也「お前、体が弱いんだなぁ。性格は図太い感じがするのに」

雪音「あのね、病院暮らしの利点はね。ムカつくことはムカつくーって言えることにあると思うの」

達也「そうか? んなことを言ったら、看護師に睨まれるだろ」

雪音「ほら、そこは私が子どもだから」

達也「うわ、迷惑」

雪音「そうだね。でも、死刑囚だって一年に何度かは好きなものを食べたり、アニメ映画を見られたりするんでしょ。
    ……それと同じ自由をもらっても、損はないよ」

達也「何を言っているんだ。お前」

雪音「えっとねぇ。使ってはいないけど、文句を言う自由を私は持っているの。えへ」

達也「はぁ。そうなの」

雪音「ふふ。裕也君が言ってたとおりだ」

達也「何が」

雪音「達也さんは素直だから、大変なんだって」

達也「あいつ……」

雪音「すごく、つまんなそうで。面白い」

達也「雪音ちゃんって変わってるな。そんな奴とよく話せるよ」

雪音「……私の周りは優しい人ばかりだから。達也さんみたいな人、いないもん。すごく新鮮だよ」

達也「あ……っそ。それにしても、雪音ちゃんって個室なんだな。もしかしてすごい金持ち?」

雪音「そうかも。治療費、すごいことになっていて、お母さんとお父さんは大根汁とご飯で日々暮らしているのかもね」

達也「はは。ひでぇな。その暮らし」

雪音「まぁ、私はそれだけ金食い虫なんだよ。維持費がすごいの」

達也「ふぅん」

雪音「達也さんは安そうだよね」

達也「おい」

雪音「あ、怒った。あはは。やっと顔が変わったね」

達也「そりゃそうだろ。まったく子どもはよぉ。だから面倒なんだ」

雪音「ごめんね。でも……達也さんは、安いことに喜んだ方がいいよ。本当」

達也「ん?」

雪音「それだけ、元気になれるってことなんだから」

達也「ふん。元気になったって、つまんねぇよ。外に行っても、授業に遅れるし、友達もいねぇし。
    やっぱ、昼寝のギネス記録を考えようかな」

雪音「腐り方が、ネギみたいにどろどろしているね。原型もとどめてない感じ」

達也「お前の表現の仕方って、本当、きっつい」

雪音「そ、そう? ごめんなさい」

達也「もういいよ。俺も久しぶりに感情が動いている感じがするから」

雪音「そうなんだ。へへ、嬉しい」

達也「めっちゃ、悪い方向にだけどな」

雪音「えぇー」

達也「まぁ……ん? この花は何だ?」

雪音「あ、花瓶の花だね。造花なんだけど、緑色の薔薇なの」

達也「こんな薔薇、実際はないんだろうな」

雪音「あるよ。緑色の薔薇。ちょっと珍しいけど」

達也「でも女の子なら、ピンクとか、赤とか、そういうのが好きなんじゃねぇの」

雪音「それは人それぞれだと思うけど。お母さんがこれの花言葉が好きで、飾っているの」

達也「花言葉? へぇ、どんなの?」

雪音「そこに興味持つの、意外だな」

達也「別にいいだろ。で、どうなんだ」

雪音「希望を持ち得るだよ」

達也「ふぅん、希望ねぇ。まぁ、良い花言葉だな」

雪音「……う、うん」

達也「どうした」

雪音「ううん。何でもない」

達也「あのさぁ。俺は察するとか、その手のこと、すごい面倒なんだよ」

雪音「うん……」

達也「はっきり言えよ。何かあったらさぁ。面倒だから」

雪音「うん……じゃ、お願いが」

達也「何だよ?」

雪音「ナースコール、鳴らして……」


達也「って、ぶっ倒れたから驚いたぞ。お前さ、大丈夫なの?」

雪音「入院患者で大丈夫って言えちゃう人、いるのかな」

達也「あぁ、確かに。すまん。ジョークだ」

雪音「ジョークって」

達也「あぁー。それにしても、お前は病室から本当に出ないんだな。この部屋にばっかりいて、飽きないのか?」

雪音「飽きるとか飽きないとか。関係ないから、入院は」

達也「は?」

雪音「ううん。そうだね、でもお医者様があんまり外に行くと……って言うから。
    もう何か言われるのが面倒くさくて、外に出てない」

達也「ふぅん。確かに医者の言うことは正しいんだろうけどさぁ。面倒だな」

雪音「あ、でも夜の散歩はしてる。なかなか面白いんだよ。看護師さんの目をかいくぐるのは」

達也「お前さぁ。なかなかやること、肝が据わっているよな」

雪音「そうかな。まぁ、そんなことをしてたら、看護師さんたちのこそこそ話を聞いたり、達也さんが薬を吐き出しているところも目撃した訳なんだけど」

達也「はは。そう……」

雪音「迷惑だなぁって顔をしてる」

達也「あぁ、うーん。でも薬を飲み直すようになってから、体が軽いから。
    結構いいよ、うん。動きやすくなった」

雪音「あ、本当!」

達也「そういう意味では、薬は結構大事だなと分かった。面倒だけど」

雪音「えへへ、そっかぁ。良かったよ」

達也「そんなに笑って、変な奴。ん? 雪音ちゃん、何を持っているの?」

雪音「本だよ。大好きなの」

達也「そうなんだ。おちくぼひめ……聞いたことがないや」

雪音「日本のシンデレラみたいなお話だよ、最後王子役の貴公子が、お姫様をいじめた義母の住宅を奪う。家財道具ごと」

達也「は?」

雪音「面白いんだけどね。後半が王子様の復讐劇状態で。しかも陰湿なの、男の人って、こんなことするの? って思っちゃうくらい」

達也「はは、王子様も人間だってことだ」

雪音「私はあんまり信じたくないなぁ。きっと心穏やかで、復讐なんて考えない、王子様みたいな人がいると思うの」

達也「ふぅん」

雪音「興味なさそうだね」

達也「うん。まず、いないだろ。そんな奴」

雪音「ひっどい。私の夢をぶち壊さないでよ」

也「だって、事実だし」

雪音「事実でも。外に行って、確認するまで信じないもん。達也さんも驚くような男と付き合ってみせる」

達也「いやぁ、病院暮らしも長いと、夢見がちになるんだな」

雪音「夢を見ちゃだめかな? 夢ぐらいしか見られないもん」

達也「どういう意味だよ」

雪音「……まぁ、大した意味はないよ。とにかく夢から覚めて、早く外に行って、私が王子様を見つけるの。イケメンと付き合うの」

達也「……お前は、いいな。そういうのがあって」

雪音「そういうの?」

達也「夢って、俺はねぇもん。目標もないし」

雪音「達也さんは、すぐに体が良くなるよ。学校もあるんでしょ」

達也「そうだけど……な」

雪音「どうしたの? そんな、暗くなって」

達也「面倒な気分に、なっただけだよ」

雪音「でも……」

達也「あぁ。俺の周りはどうしてこうキラキラしてるんかねー。まったく」

雪音「達也さん。なんか変だよ」

達也「何か、別に。むかっとしただけだから」

雪音「だめだよ。そんなに怒ったら。体に良くないよ」

達也「雪音ちゃんさぁ。何でそんなに俺にかまうわけ? 
    俺は君に優しくできないし、裕也みたいに人間が出来ているわけでもない、何なんだよ」

雪音「仲良くなりたいじゃ、だめかな? 裕也君から話を聞いて、仲良くなりたいって思うのは、駄目かな」

達也「それが訳分からん」

雪音「私は達也さんの、そういう明け透けな言葉が嫌いじゃないんだけどな」

達也「はぁ?」

雪音「私の周りは優しくて綺麗な言葉だらけだから。達也さんみたいな言葉の方がいいの。
    嘘じゃないから安心するの」

達也「何だよ、それ。訳わかんねぇよ。雪音ちゃん」

雪音「……うん、それでいいよ。とにかく私は達也さんと仲良くなりたいの」

雪音「(間をおいて)それだけなんだよ……」


達也「何だよ、あいつ。笑いやがって……何なんだよ」

達也「あ、裕也。何であんなところに……お」

裕也「……やっぱり、雪音ちゃんの症状重いんですね。いえ、僕の演奏を喜んでくれる彼女に感謝してます。
    僕の音で楽しめるなら、僕は頑張ります……」

裕也「ご、ごめんなさい。僕が泣く話じゃないのに、彼女は生きているのに。すいません」

裕也「お母様のご心中をお察しします……」

裕也「では、失礼します」

達也「裕也。誰に電話をしてたんだ……?」

達也「それに今の話、何なんだよ」

達也「雪音ちゃんがどうかするみたいじゃないか」

裕也「……だったら、どうする」

達也「え」

裕也「あの子は死んじゃうんだとしたら」

達也「それは……」

裕也「何も出来ないだろ」

達也「それは……っていうか。何で、そんなことに」

裕也「知るか。……生まれつきの病気らしいけど」

達也「(間をおいて)あいつが……死ぬ?」


雪音「ど、どうしたの? 急に来るなんて。驚いたよ」

達也「なぁ、雪音ちゃん。雪音ちゃんは、死ぬのか?」

雪音「……質問の意味が分かんないなぁ。人間は皆死ぬよ」

達也「そういうことを聞いてんじゃない。雪音ちゃんは、死ぬのか?」

雪音「あぁーやだな。そういう、怖い顔。そうだね、私、御都木(おとぎ)雪音は、死ぬようです。あまり遠くない未来で」

達也「何で、言わなかったんだよ。今まで」

雪音「そんな顔するからに決まっているじゃない」

雪音「私は、私を、普通に扱ってくれたら、それで良かったの。だってさ、分かるかな。達也さん」

達也「何がだよ」

雪音「私の気持ちだよ」

達也「気持ち?」

雪音「そうだよ。あぁ、達也さん、そういうのははっきり言えと言うもんね。察するなんて、絶望的に苦手そうだもんね」

達也「だから何だよ。だいたい口があるなら、言えばいいだろ。自分の気持ちなんか」

雪音「うん。達也さんはそういう人だよね。いいよ、特別。はっきり言っちゃう」

達也「何を……」

雪音「勘が鈍いなぁ。私の本音だよ」

達也「本音?」

雪音「そう!」

雪音「私はね。痛いとか苦しいとか愚痴ったら駄目なの、元気な人を呪ったら駄目なの、嫉妬したら最低なの」

雪音「だって皆、私のせいで疲れているから。私が生きてなきゃ、苦しまなくても良いから。
    私のせいでお金も時間も体力も削っているの、お父さん、お母さん、裕也君も!」

雪音「ちっとも生きてて良かったなんて思えないのに。でも、にこにこと笑って生きなきゃいけないの。
    死ぬまで生きないといけないの。馬鹿馬鹿しいよねっ。誰かに迷惑かけて、生きなきゃいけない。
    何も言えない、この人生が!」

雪音「あるがままがいいって、言うけど。思えないよ……。ね、達也さんだって、今頭が痛いでしょ。私の本音なんて、醜いでしょ……」

達也「雪音ちゃん……」

雪音「本当、大嫌い。こんな自分。だいっきらいだよ……」


裕也「……落ち込んでいるな」

達也「……落ち込んでねぇよ」

裕也「じゃあ、何でこんな暗いロビーにいるんだよ。病室にいたほうがいいだろ」

達也「うっせ……」

裕也「雪音ちゃんに会ったのか?」

達也「あぁ……」

裕也「そうか……」

達也「なぁ」

裕也「何だ?」

達也「何でも……なくはない」

裕也「回りくどいなぁ」

達也「よく分からないんだけどさ、あいつ、変なんだ」

裕也「変?」

達也「俺の言うことが明け透けで良いって言うんだ。バカじゃないか、俺の言葉だぞ。デリカシーの欠片のない俺の言葉だぞ。
    なんであんなに肯定して、仲良くなりたいんだって言うんだ」

達也「なんで、そんなことを言い出すやつが、死ぬってことになるんだ。おかしくないか。あいつは自分の気持ちを言わないのに。
    誰かを思って言えないのに……何で、死ぬんだ? なんで、御都木雪音じゃないと、駄目なんだ?」

達也「わけわかんねぇよ……死ぬ、なんて誰が想像するかよ」

裕也「お前、考えれたんだな」

達也「何だよ、それ……」

裕也「いや、わりと言葉そのままの意味だよ。……お前はいいなぁ、僕は雪音ちゃんのそんな言葉を聞いたことがない。……お前はいいな」

達也「そんなことを言われてもだな」

裕也「あぁいいんだよ、これは勝手な感想だから。じゃ、達也。お前はこれからどうするんだ?」

達也「どうするって。別に俺はあいつの医者じゃないし……どうもこうも」

裕也「何くじけてるんだよ。お前はある意味医者を越えられるかも知れないぞ。何かが出来るかもしれない」

達也「そんなことを言われても。どうすればいいか、わかんねぇし」

裕也「雪音ちゃんは、どうして欲しいか考えればいいんじゃないか。ほら、想像しろ。雪音ちゃんはどうされたら、嬉しいんだ?」

達也「え、うぅん。そうだな」

裕也「答えは言わないぞ。ちょっと……傷ついているから」

達也「傷ついている?」

裕也「あぁ、兄貴がうらやましいよ。まったく」

達也「何を言ってるんだよ」

裕也「まぁまぁ、もう行きなよ。こんな暗いところにいる場合じゃないだろ」

達也「そうだな。よく分かんないけど、とにかく行くわ」

裕也「お、珍しく素直」

達也「うるさいな……」

裕也「はは、行ったか」

裕也「(間をおいて)どうして、僕じゃないのかなぁ……」


雪音「もうヤだな。本当にヤだな。どうして私は……」

達也「ぐちぐち、何言ってるんだよ。雪音ちゃん」

雪音「達也さん」

達也「病室を抜け出して、こんなところにいるなんて」

雪音「悪い? ここにいて。達也さんが薬を吐いてたこの場所に」

達也「まぁここは看護師の死角になるからな。逃げ場所にはちょうど良かったのか」

雪音「っつ。逃げてないもん。病室にいたくなかっただけだから」

達也「ふうん」

雪音「もう、達也さんは私のことを嫌いでしょ。あんな喚いちゃうんだもの、面倒でしょ」

達也「雪音ちゃん」

雪音「嫌いになってよ。嫌いになれば、いいんだよ。ううん、違う。私が嫌いになってやる、そうすれば楽なんだ」

達也「雪音ちゃん」

雪音「馬鹿なんだから、私みたいな不幸、ごろごろ転がっているのに。こんなに喚いてさ」

達也「雪音!」

雪音「っつ」

達也「勝手に俺の気持ちを決めつけんなよ。その方が迷惑だ」

雪音「でも……」

達也「お前はさぁ。病気で色々と自由はないだろうけど、心だけは自由でもいいと思うぞ」

雪音「え?」

達也「俺はお前の言うとおり、察すのが苦手だし、察することの意味が分からない」

雪音「うん……」

達也「だから、これからも俺は好きなことを言う。思ったことを言う」

雪音「うん……」

達也「それでお前も好きなことを言え。ニコニコ笑うな。喚け。呪え。怒れ」

雪音「だけどっ、それは」

達也「いいんだよ! 友達なら、対等に、言いたいことを言い合って……それが許される関係じゃないのか。
    まぁ、腹立って、喧嘩もすることもあるだろうけど」

雪音「友達? わ……私を友達にしてくれるの? 長く生きられないんだよ」

達也「だから何だよ。ぐだぐだ、うっさい。友達なんだから、もう聞くんじゃねぇよ。そんなこと」

雪音「う、うん!」

達也「よし、分かればいい。……さて、じゃ、まずはこれを刻むか」

雪音「刻む……? あ、私の薔薇!」

達也「緑色のな。さて、はさみで刻もう」

雪音「な、何で」

達也「だって、もういらないだろ」

雪音「でもその花は希望なんだよ」

達也「そうだな、希望を持ち得るという花言葉だもんな。でもその希望は」

雪音「うん……ずっと嫌いだった。押しつけられたみたいで。ずっと怒りたかった」

達也「そんなら。これはもう、いらないよな」

達也「俺たちには、いらない」



「おわり」



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