明日     作 佐和島ゆら


佐久間英人(ひでと)/♂/25歳(真理亜の親友。真面目で一本気なところがある)
柿坂真理亜/♀/17歳(英人の親友。病弱で入退院を繰り返している。思い詰めやすい)


役表

英人♂:
真理亜♀:


英人「おはよう。真理亜。ってどうしたんだ?」

真理亜「英人、おはよう。どうしたの? そんなに驚いて」

英人「いや。入院患者が洋服って……しっくりこなくて」

真理亜「もう、いつもパジャマだからって。そんな、じろじろ見ないでよ」

英人「悪い、悪い。今日はどっかに行くのか?」

真理亜「うん、行くよ」

英人「へぇ。珍しい。どこに行くんだよ」

真理亜「遊園地に行きたいの」

英人「遊園地に行きたい?」

真理亜「そう。今すぐ行きたいの」

英人「でもお前、入院してるんだろ。それで遊園地って大
丈夫なのかよ」

真理亜「分かってる。でも行きたいの。もう、準備もしてる」

英人「準備って。でも真理亜、お前は体が弱いだろ」

真理亜「そうだけど」

英人「なら病院にいた方が」

真理亜「いいっていうんでしょ。分かってるよ、そんなこと」

英人「なら、何で」

真理亜「時間がないじゃない」

英人「時間?」

真理亜「そうだよ。英人だって知ってるでしょ」

英人「もしかして、世界が滅亡するってあれか?」

真理亜「そう、世界が終わるんだったら。私、英人と遊びに行きたいの」

英人「それは元気になってから行くって、約束だったろう」

真理亜「そう、だよ。でも世界が終わっちゃうんだよ。そんなのんびりしたこと、言ってられない」

英人「真理亜……」

真理亜「私、英人と遊園地に行きたい。友達と遊びたいって思うの、普通でしょ」

英人「……普通だよ」

真理亜「じゃあ、連れて行って」

英人「でも」

真理亜「英人っ。お願い!」

英人「んん、しょうがないな。でも一つ約束しろ」

真理亜「何」

英人「病院に戻ったら、ちゃんと皆に謝る。俺も一緒に頭下げてやるからな」

真理亜「うん……分かった。戻ってこれたら。ちゃんと謝るよ」

真理亜「遊園地。結構人がいるね」

英人「そうだな。かなりにぎわってる」

真理亜「明日もこんな姿が見られるのかな」

英人「あのさ、本当に世界が滅ぶと思ってるの? お前」

真理亜「英人は?」

英人「さぁ、分からん。ただ皆、世界の滅亡については、知ってるみたいだな」

真理亜「うん。あ、そうそう、面白いんだよ。テレビが」

英人「テレビが?」

真理亜「正確にはテレビ局の反応が、ね」

英人「テレビを見ないから、よく分からん」

真理亜「ふふ。じゃあ教えてあげよう。あのね、世界滅亡の件。
     民放はお祭り騒ぎみたいになっているけど、NMKは国会中継をずっと流してるの」

英人「ふーん」

真理亜「うっすい反応だなぁ」

英人「まぁ、世界が滅亡するって経験がないからなぁ」

真理亜「私もないよ」

英人「だろ? 結構困るよな。素直に信じるわけにいかない話だし」

真理亜「……まぁ私も素直に信じたくない話だよ」

英人「だよなぁ」

真理亜「(小声で)でも明日がないのに、どうして病院にいなきゃいけないのかなって、思うよ」

英人「真理亜?」

真理亜「あ、違う違う」

英人「は?」

真理亜「病院、抜け出して、ここのチョコミントアイスをお腹いっぱい食べたいの!」

英人「……アイスのために抜け出すのか」

真理亜「あ、アイスを馬鹿にした。ここのアイスって、三つ星シェフ監修で、超人気なんだよ」

英人「はいはい。まぁ、意外と病院を抜け出すのは楽だったな」

真理亜「病院も滅亡騒ぎで、大変そうだったからね。楽勝だよ」

英人「はは。ん?」

真理亜「早く、アイスを食べようよ」

英人「ちょっと待て」

真理亜「どうしたの」

英人「どうしたのはお前だ。顔色真っ青じゃないか。手先も冷たいし」

真理亜「ちょ、ちょっと、急に触らないでよ」

英人「あぁ。悪い」

真理亜「まぁ……ちょっと疲れてるのかも。いつも病院から出ないし」

英人「そうか。じゃあ休もう。何か飲むか」

真理亜「そんな心配しすぎだよ。大丈夫大丈夫」

英人「嘘つけ。飲み物ぐらいならおごるよ。何が飲みたい?」

真理亜「ごり押しだなぁ。じゃあ、ココア。甘いものが飲みたいな」

英人「分かった、ちょっと買ってくる」

真理亜「ここで待てばいいの?」

英人「そうだな。すぐに戻る」

真理亜「うん……」

真理亜「(間をおいて)どうすれば、いいのかなぁ……」


英人「もう夕方か」

真理亜「ねぇ、英人。ゴーカート! もう一回乗ろうよ」

英人「もう三回も乗って……俺は疲れたよ」

真理亜「そう? 楽しいじゃん。あの風を切る感覚、たまんないね」

英人「お前が楽しければいいけどさ。俺はちょっと腹が減った」

真理亜「じゃ、何か食べよう。遊園地のご飯、楽しみだなぁ」

英人「そんなうまくないぞ」

真理亜「そう、なの? まぁ確かに、安っぽい味って聞く
けど」

英人「メタボの外人が喜びそうな、ジャンクフードだよ」

真理亜「へぇ。そうなんだ」

英人「そう。お前はいいのか、そんな飯で」

真理亜「ん、あぁ、そんなに心配しないで」

英人「心配するさ。お前はあんまり分かってないから言うけど」

真理亜「うん」

英人「これから食べる飯は、脂っこいし、カロリーも高い」

真理亜「逆に痩せすぎな私には、良いかもよ」

英人「後! 食べたら変に病みつきになる。はっきり言えば毒だ、体に悪い!」

真理亜「質問! じゃあ、そんなに悪いご飯なら。英人は一生食べないの?」

英人「それと今回の話は別だろ」

真理亜「だって気になるもん」

英人「あー……食うよ。何回も食べる」

真理亜「え、ずるい」

英人「しょうがないだろ。安いし早いんだから」

真理亜「おいしくないの?」

英人「……うまいよ」

真理亜「ふぅーん。英人は私に、隠しごとをするんだぁ。自分の好きなものを、食べさせないんだ」

英人「俺は、お前の体を考えて」

真理亜「知らない。もういいよ、平気だから。バクバク食べてやる」

英人「あのさ。お前病院でも、退院しているときでもさ。そんな飯、口にしなかったよな」

真理亜「食べなかったよ」

英人「何で、今日にかぎって。そんなもんを食べようとする」

真理亜「食べたいからだよ」

英人「それは建前だろ。本当は違うんだろ」

真理亜「(小声)……英人の馬鹿。もうそんなことをする意味がないのに」

英人「え?」

真理亜「何てね。あー、ハンバーガー食べたいなぁ。肉汁で口の中が幸せだろうなぁ」

英人「いや、あの肉は相当パサパサしてるって、そういうことじゃないぞ。真理亜」

真理亜「そういうことじゃない?」

英人「なんか、お前……変だ。今日おかしいぞ」

真理亜「おかしくないよ。ただ、我慢してないだけだもん」

英人「我慢?」

真理亜「英人は病院のご飯、どう思う?」

英人「おいしくないだろうな」

真理亜「そんな次元じゃないよ。あんなもの食べて、楽しいと思ったことがない。
     おいしい? 逆立ちしても出てこないよ、そんな言葉」

英人「今まで、そんなことを一言も」

真理亜「言わないよぉ。……当たり前じゃない。そんな文句ばっか言う女の子、可愛くないでしょ」

英人「可愛くないって……」

真理亜「あ、違った。心配するでしょ、英人が」

英人「真理亜」

真理亜「心配は嫌いだから。そんな弱い自分を見せるくら
いなら、頑張るよ。我慢して治療して、我慢して病院にいる。それで……」

真理亜「(間をおいて)元気になるの。元気になって、英人を、驚かせたかったの!」

英人「真理亜。ヤケになるな」

真理亜「ヤケになるよ! 世界が滅亡しちゃうんだよ!」

英人「デマに決まってるだろ。世界が滅亡なんて」

真理亜「っつ。そっか、デマね。それはタチが悪いね。私から希望を奪って、明日、全部が終わるって、言うんだ!」

英人「真理亜、泣くな」

真理亜「信じたいんだよ。デマだって。そう思いたいんだよ」

英人「あぁ」

真理亜「でも、信じられないの! 妄想とか悪戯だとか、
思えないの」

英人「あぁ……」

真理亜「怖くて、怖くて。世界が滅亡するのに、病院で過ごすなんて耐えられなかった。もうあそこで頑張る意味。ないんだもん!」

英人「それで今朝、あんな強引に」

真理亜「大事だから、今日は」

英人「大事だな、今日も」

真理亜「どうして? 英人はそんなに前向きなの。世界の滅亡を信じてないの?」

英人「お前は馬鹿だな」

真理亜「馬鹿?」

英人「馬鹿だよ」

真理亜「どうして、そう言うの? どうして、そんな悲しそうに」

英人「当たり前だ! そんな馬鹿なこと、お前から聞きたくなかったよ」

真理亜「え?」

英人「明日、世界が終わる? 信じられるか、そんなこと」

英人「(やや間をおいて)明日お前に逢えないなんて、俺は絶対に認めない。認めるか……!」

真理亜「え。ひで、と?」

英人「俺は諦めないからな。絶対、明日は続くんだ」

真理亜「どうして、そこまで」

英人「俺はお前と一緒にいたいんだよ」

真理亜「あ……」

英人「それ以上、言わせんな」

真理亜「うん……。ありがとう」


真理亜「遊園地、今日は早めに閉まるんだね」

英人「明日が近づいてるからな」

真理亜「そうだね。ぎりぎり観覧車に乗れて、良かったよ」

英人「夜景は、いつもと変わらないな」

真理亜「うん。きれいな光だよ」

英人「これが全部消えるって、ないだろ。そんな世界」

真理亜「うん。あ、空が近い」

英人「そりゃ、てっぺんだから」

真理亜「流れ星、きれいだなぁ」

英人「久しぶりだな、って、祈るのか」

真理亜「祈るよ。今がずっと続いて欲しいもん」

英人「今が?」

真理亜「そう。ずっとおしゃべりしたいから」

英人「……祈る必要ないよ。明日は続くさ」

真理亜「どうして、そう思うの」

英人「まぁ直感、かな」

真理亜「もう馬鹿だなぁ。直感でそう言うなんて」

英人「そうか? 俺は理屈をこねくり回している方が、時間の無駄に思える」

真理亜「あ、そう?」

英人「そうだよ」

二人「あははははは」

真理亜「そんな真面目な顔で言わないでよ!」

英人「お前だって。ふくれっ面をするなよ!」

真理亜「……明日になったら、何しようかな」

英人「決まってるだろ。とりあえずみんなに、ごめんなさいだ」

真理亜「嫌だな。ほんと、それ」

英人「大事なことだぞ。やることはきちんとやらんと」

真理亜「そ、そうだけど。あ! それが終わったら、英人は何がしたい?」

英人「真理亜は?」

真理亜「え。質問返し?」

英人「俺は真理亜から聞きたい」

真理亜「うぅん。体を治して、体力をつけたい」

英人「それで?」

真理亜「遊園地に行きたい。一番好きな人と一緒に」

英人「すごいな。俺も同じことを考えてた」

真理亜「同じ? 奇遇だね」

英人「そうだな」

真理亜「偶然ってすごいねぇ」

英人「何というか、お前、あったかいんだな」

真理亜「急に何言っているの」

英人「いや朝は、すごい冷たい手だと思ったんだけどな」

真理亜「もうそんなに感心しないでよ……私よりもずっと、英人の方があったかいよ」

英人「そっか。あぁ、何か、やばいな。気分的に」

真理亜「うん、生きてて良かったよ」

英人「生きるんだよ、これからも」

真理亜「っつ。うん、そうだね!」

英人N「俺と真理亜の手は、しっかりとつながっていた」

真理亜N「世界の終わりまで、ずっと」



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