浅緋の痕~アサヒノアト~   作:福山漱流

児山 真優(コヤマ マユ)
19歳。大学一年生。あっけらかんとした性格。しかし、攻撃的な面もあり、敵を作りやすい。
5歳の時に両親に捨てられ、涼介と共に施設で育ち、13歳の時、兄に引き取られ共に生活する。
兄に対する愛情は兄妹のそれではなく、むしろ恋人のそれ。涼介の前ではでれでれ。
17歳の時、荒れて泥酔していた兄を誘い身体の関係を結んだ。
それ以来、今まで以上に兄に依存した生活を送っていた。
(『青い創』以降)兄との関係に終止符を打った後は自立した生活を送っている。知枝との関係も良好で「知枝ねぇ」「真優ちん」と呼び合う仲。
元々勉強が得意だったこともあり、一念発起で大学受験し合格。経済学を学ぶ。
兄との一件以来、明るくはなったが未だに「自己肯定観」は低く、ふさぎ込むこともある。



笹倉 知枝(ササクラ チエ)
26歳。会社員。涼介と同じ会社に勤める女性。ばりばりのキャリアウーマンで、若干の姉御肌。勝ち気。
一般的な家庭で育った人間。それなりの苦労はあれど、比較的順風満帆に過ごしてきた。
勝ち気な性格からか、男運には余り恵まれていない。どこか、影のある涼介に興味を持つ。
一度、涼介の忘れ物を届けに家に行ったことがあり、そこで真優と一応の面識がある。
(『青い創』以降)晴れて涼介と恋人になり付き合い始めるが、遠距離恋愛中。実は会えないことが寂しいと思っている。
真優との関係も良好で仲の良い姉妹のように時々一緒に遊んでいる。が、その際に見え隠れする真優の暗い面をどうにかしてあげたいと感じている。



笹倉 泰司(ササクラ タイシ)
22歳。フリーカメラマン兼フリールポライター。知枝の弟。自由気ままな性格で楽天家。落ち着いた職を持たず、常にどこかふらふらしている。
カメラマンの腕としては良く、困らない程度には仕事が入るので金銭に関して苦労はしていない。
元々、社会風俗を研究する研究者を目指していたが、挫折し今に至る。現代社会の流行にはそれなりに明るい。



真優:
知枝:
泰司:


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真優:冷たい部屋だ。以前はそう感じていた。夏場でもどこか私の部屋は冷たく感じた。
   ベッド、テレビ、机、本棚・・・。大切な人形・・・。きれいに並んでいても物悲しく思えていた。
   あれから7カ月が過ぎた今でも、あの時の暖かさは私のところから消えてはなくならない。
   宙に浮かんで消える「ただいま」の声。もう、「おかえり」と返してくれる声は、今この場にはいない。
   けれど、私を包んでくれるぬくもり。心地よさ。それは別にある。
   本当に欲しい人からはもうもらえないけれど、私にはもう要らない。
   だって、私には私を思ってくれる人がほかにもできたんだから。

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(喫茶店。向かい合って座る知枝と真優。机に突っ伏しうなだれる知枝)

知枝:あっつーぅ。今年、異常じゃない?去年ここまで暑くなかったと思うんだけど。

真優:今年は例年にない暑さを記録してるんだって。猛暑日はじまるのが10日早かったとかニュースでやってたし。

知枝:やめてほしいわ。ただでさえ、疲労で壊れかけの体が、余計に破滅へ向かう・・・。

真優:おつかれさま。知枝ねぇ。よしよーし。

知枝:うう・・・そう言って慰めてくれるのは真優ちんだけだよ・・・。

真優:あれ?お兄ちゃんは?こないだ電話してたでしょ。

知枝:ん?ああ、涼介(リョウスケ)?「お疲れですね。今度、支店長の秘密を探っておきます」だって。
   いや、そうじゃねぇんだよっ!すこしは!私に!優しい声をかけろよ!っていう・・・はぁ・・・。

真優:あはは。お兄ちゃんらしいね。

知枝:ったく。気づかいの仕方がいちいちおかしいんだよ。あいつは・・・。(起き上がる)

真優:でも、意外だったなぁ。

知枝:なにが?(アイスコーヒーを手に取り、飲もうとする。)

真優:お兄ちゃんがあんな告白するなんて。

知枝:ぶっ!!(飲もうとしていたコーヒーを吹きそうになる)

真優:ちょっ!?知枝ねぇ!?なんで知枝ねぇがダメージ受けてるの!?

知枝:う・・・うん。いや、なんだろう。なぜか私が恥ずかしくなってね・・・。

真優:「知枝さん。約束しましたよね。『裏切らなければ、貴女に一生でもなんでも差し上げましょう』と。それを果たさせていただきます。」(演技ぶって)
   だってさ!いやー。妹ながら、そんなプロポーズないわー。ドン引きだわ。

知枝:や、やめて・・・。ほんと恥ずかしいから。それに少しでも、ときめいてしまった私が恥ずかしいから・・・。

真優:ま、でもいいじゃん。それなりに仲良くできてるわけだし。お兄ちゃんも本社でそれなりの地位にいるし。
   知枝ねぇってば玉の輿フラグ一直線だよ。

知枝:はぁ・・・。そうなるのかねぇ・・・。

真優:あれ?ちがうの?

知枝:んー。なぁんかね。奴に養われてる私の画(え)が想像できん。

真優:あー。それわかるかも、私は養われたいけど。

知枝:お兄さんはあげません!

真優:ケチぃー・・・なんてねー。

知枝:・・・ねぇ。真優。

真優:んー?なに?

知枝:なんだったらあれだよ?ウチに来てもいいからね?

真優:んえ?

知枝:寂しいんでしょ?一人でいるの。

真優:あーっ・・・。

知枝:私の家、来てもいいよ?マンションだけど賃貸じゃないし。部屋も余ってるからなんだったら・・・。

真優:うん。ありがと。気持ちだけもらっとく。

知枝:真優・・・。

真優:いやぁ、そりゃあ寂しいっちゃ寂しいよ?けど、だからってあれもこれも知枝ねぇに「おんぶに抱っこ」ってのは嫌だし。
   大丈夫。なんとかなるからー。

知枝:それはそうかもだけど・・・

真優:ほら、それに私、気を抜くとすぐに自堕落始めるからさ。独り暮らしの方がいいんだって。
   どうする?知枝ねぇの家で貧乏神のように荒れた生活したら・・・。

知枝:そうしたら、鉄拳制裁な。

真優:わあ、即答。そしてバイオレンス。

知枝:働かざる者食うべからず。

真優:ですよねぇ。

知枝:でも・・・無理しないでね?これでも心配してるんだから。

真優:・・・うん。大丈夫。ありがと。知枝ねぇ。

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真優:と,こないだ知枝ねぇに言ったものの・・・。寂しいのはホントなんだよねぇ。
   あーあ。今日の授業も大したやつ入れてないし。今日一日サボろっかな。

泰司:ねぇ,君。今,時間ある?

真優:・・・あ?

泰司:おおぅ,警戒心ばりばり。まぁ,わかってたけど。

真優:誰。あんた。ナンパだったら間に合ってるから。

泰司:あー,ちがうちがう。えっと,ちょっと待って。すぐ名刺だすから。えっと・・・はい。これ。

真優:フリー・・・ルポライター?

泰司:そ。知ってるでしょ?(得意気

真優:うん,ごめん。知らない。(素っ気なく

泰司:あれっ!?ええっ!?

真優:なんでそんなに驚くの?

泰司:いや,普通もっと食いつくものだからさ

真優:うん,キョーミないから。

泰司:つれないこと・・・

真優:んじゃ,そういうことで。

泰司:いやいやいや。待って待って!

真優:なに

泰司:話しだけでも聞いて欲しいな!

真優:じゃー,三秒でまとめて。さーん,にーい,いーち。

泰司:なんか,姉貴と話してる気分になるなぁ。
   えっと,今ね。『大学生の性』について記事を書いてるんだよ。
   それで,できればで良いんだけどお話を聞かせてもらえないかなーって。

真優:ふーん。ということはあれか。オニーサンは,AV男優さんなんだ。

泰司:何でそうなるの!?・・・えっと,人の話聞いてた?

真優:え?違うの?だってそういうAVあるじゃん。

泰司:いや,うん。あるけど。って,そうじゃないんだよ!こっちは本当の職業で・・・

真優:AV男優だと

泰司:だから違うってぇ!!
   
真優:はいはい。ルポライターね。で?なに?答えたらお金でもくれるわけ?

泰司:うーん。それは厳しいかな。

真優:なんで。

泰司:なんせやっすい給料しかもらってないからねぇ。君に渡せるほどのギャラは出ないかな

真優:じゃー,言わない。

泰司:ですよねぇ。なんとなくわかってた。

真優:んじゃ,そういうことで。

泰司:あ,最後に一つだけ質もん――って,行っちゃったよ・・・。
   
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真優:はー。やれやれ。変なのに捕まってたまるかっての。
   知枝ねぇに知れたらどうなるか・・・

知枝:わらひがらんらってー?(頬張りながら

真優:うおっほぅっ!?

知枝:やっほー,真優ちん。奇遇だねぇ。

真優:知枝ねぇ、なぜここに・・・?

知枝:んー?仕事の打合せがあってね。出てきたはいいが,早く来すぎたのだよ。

真優:だから,鯛焼きを持ってるのね・・・。

知枝:ちなみに今日の餡はベーシックな粒あんなのだよ。カスタードと迷ったけど,やっぱり邪道はいかんよね。

真優:そ,そだね・・・。(苦笑

知枝:あーおいしかった。・・・んで?私に知れたらなんだって?

真優:あ,聞こえてた?

知枝:うん,ばっちり聞こえてます。地獄耳の知枝様をなめるでないよ?

真優:は,はい・・・。

知枝:さあ,そういうわけだ。何があったか全て話せぃ。

真優:あー・・・うん。えと・・・なんと言えばいいのやら・・・

知枝:歯切れが悪いなぁ・・・。あ,まさか,変なことに巻き込まれたりしてるんじゃないでしょうね。

真優:巻き込まれてはないっていうか・・・巻き込まれかけたっていうか,なんというか・・・

知枝:それはあれか!もしや拐かし・・・!?

真優:いや,別にそんなんじゃなくてですね?えっと・・・

泰司:あ,いたいた。おーっす姉貴。

知枝:ん?あ,やっと来たか。遅いんだよ。全く。

真優:あ,仕事相手?

知枝:そ,そんなとこ。何分待たせる気だこらー!

泰司:へいへい,悪ぅございましたー。・・・あれ?

真優:・・・あ。

知枝:おや?知り合い?

泰司:いや,うん。知り合いっていうか・・・

真優:私を拐かそうとした程度の関係だよね

知枝:かどわ・・・っ!?・・・たぁいぃしぃぃっ

泰司:いやいや!違うから!拐かそうなんてこれっぽっちもっ・・・!

真優:でも,私の経験人数聞こうとしてきたよね?

知枝:泰司・・・ついに外道にまで墜ちたか貴様っ!

泰司:や,やめろって姉貴!誤解だ!というかなんで俺こんなに責められてるんだよ!

知枝:貴様が不埒な行いをするからだ!!

泰司:不埒じゃないってのぉっ!!

真優:あー,おもしろ。

泰司:いや!この窮地作ったの貴女ですよね!?他人事は止めてよ!?

真優:私~,なんのことだかさっぱりでぇ~。おにぃさんこわぁ~い

泰司:急なぶりっこ!?ここに救いは無いのか・・・

知枝:ま,冗談はさておき,泰司。この子とどういう関係なのさ?

泰司:あ~,えっと。包み隠さず言うとさ。今入ってる仕事の1つで,「大学生の性」っていうことで一本書かなくちゃならなくて,そのインタビューを・・・

真優:するっていう名目で私の身体をいやらしい目つきでなめ回すように・・・

泰司:見てないからねっ!?

知枝:なるほどね。そういう事か。泰司えろーい。

泰司:もう,俺泣いて良いかな?つうか、姉貴と・・・えっと君はどういう関係?

知枝:ああ,私の彼氏の妹。

泰司:えっ・・・!?姉貴に・・・彼氏・・・?

知枝:あ?文句あっか?

泰司:変わってらっしゃる・・・。

知枝:泰司,お前ぶっとばすぞ?

真優:あ,じゃあじゃあ,二人はどういう関係なの?親しげだね。姉貴って言ってるけど。

知枝:ああ,こいつね?正真正銘私の弟。

真優:えっ・・・?似てない・・・。

知枝:そりゃあ,そうだろうよ。一卵性双生児じゃないんだから。

真優:いや,同じ親から生まれてるんだからほんのりとは似るでしょ。

泰司:やっぱり言われるのな。似てないって。わかってたけど。

知枝:ま,私の方が美形に生まれたからね。仕方ないわ。

泰司:姉貴。言ってて悲しくなんねぇ?

知枝:後で覚えてろよ・・・?

泰司:うわ,こわっ!

真優:あ,そういえば知枝ねぇ,これから仕事の打合せって言ってたよね?
   ごめんね,邪魔して。

知枝:いやいや,大丈夫さ。こいつと打ち合わせるだけだから良いんだ。
   もし暇なんだったら,一緒にお茶でもしないかい?

真優:いや,でも,邪魔にならない?

知枝:打合せは簡単に終わるからね。気にしないでいいよ。な?

泰司:んー?俺はどっちでもいい。姉貴がしたいようにどうぞ?

知枝:だってさ。んじゃ,真優ちん参加で。

真優:あ,う,うん。

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泰司:すんませーん,コーヒー3つ。後,プリントップとフルーツワッフル1つ。

知枝:真優ちんの分は私が払うから。

真優:ありがと。

泰司:俺の分はー?

知枝:自分で払え。

泰司:ですよねー。さてと。

知枝:やりますか。

真優:なにについて打ち合わせるの?

知枝:ああ,冬の新作で見本誌に使う写真を選ぶのさ。

真優:冬の・・・?今,夏だよ?

知枝:今から冬物について色々やってないと間に合わないんだよ。製本もだけど実際に店舗に出す服の本数とかもね。

真優:なるほど。

泰司:よいしょっと,撮ったのはざっとこんな感じ。

真優:なに,このファイル。ぶ厚・・・。

泰司:今回は50枚かける20着だから1000枚かな?

知枝:相変わらず多いなぁ。

泰司:そういうと思って俺チョイスでいくつか減らしてみた。それがこっち。

真優:おお,だいぶ減った。

泰司:といっても,200枚くらいあるんだけどね。

知枝:ま,それくらいは仕方ないよねぇ。

真優:うえ・・・。私,無理だわ。途中で飽きる・・・。

知枝:そら誰だってそうだよー。・・・ねぇ,泰司。

泰司:ん?なに?

知枝:このショート丈のレザーコートだけどさ。もうちょい全体が映えるやつ無かった?

泰司:あー,そっちメインだった?インナーが推しかと思ってたから外してたわ。

知枝:インナーは去年モデルの使い回しなのさ。今年のやつは見本が間に合わなくてね。

泰司:なるほどね。じゃー,このファイルから探すか。

真優:見つかるの?

泰司:大丈夫,たしか,ここらに・・・。あった。ほい。ここら辺がレザー。

知枝:サンキュ。んー。中で言ったらこれかなぁ?

泰司:差し替えがあるなら言ってよ?撮り直す。

知枝:いや,そこまでじゃないから。でも、なんかピンとこないのよねぇ

泰司:そりゃ、どこの店でも似たような構図で撮ってるからだろ。これもそのうちの一つだし。

真優:あー、言われてみれば。

泰司:なぁ、姉貴。自由に使えるページは何枚ある?

知枝:んー。あまり、多くは使えないけど1、2枚くらいならなんとか。

泰司:なら、こうするのはどうだ?これと、これ。二枚を見開きページに据える。

真優:ジャケットを羽織ったバージョンと脱いだバージョン?

知枝:なるほど、そうしたらインナーも売れるか。

泰司:このジャケットって公私どっちでも行けるように売りたいんだろ?

知枝:そうだね。

泰司:なら、なおさらだ。こうやって並べた方が、読者にとっては脳内で自分が着ているシチュエーションを想像しやすいだろうから。

知枝:あー、そうか。なら、その方面でいこうかな。

泰司:うし、じゃあこれはこの方向で。で、後の奴なんだが・・・


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真優:最初の印象は最悪。うさん臭さしかなかった。変な人。
   けど、どうやら悪い人ではなさそう。・・・知枝ねぇと打ち合わせをしている姿を見ていたらそんな感じがした。
そして。うっすらと。なんかほんの少しだけ、誰かに似ている気がして。
でも、それが誰だかわからなくて。少しだけもやもやして。
私はふてくされたようにコーヒーに口を付けた。
   それは・・・ほんの少し、いつもより苦く感じた。

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真優:もー。雨降るとか、聞いてないし!
   あーもう、びしょびしょ・・・。雨宿りしても・・・止むのかな?

泰司:や、真優ちゃん。

真優:あ。弟。

泰司:いや、その呼び方は無くない?

真優:じゃあ、「えーぶいだんゆう」

泰司:違うからね!?

真優:で、何か御用ですか?泰司さん。

泰司:いや、用事って訳じゃないさ。そこに居たから声をかけただけ。

真優:あ、そ。

泰司:なんか冷たい・・・

真優:だって、友達って訳じゃないですし?

泰司:それはそうだけどさぁ~

真優:あ、認めるんだ。友達じゃないってとこに

泰司:あれ!?友達認定してくれてたの!?意外!

真優:ま、紹介された訳だし。知り合いではあるんじゃない?

泰司:知り合い認定がこんなにうれしいなんて・・・

真優:で、それだけです?私に話しかけたのは

泰司:あー、いや。うん。それだけじゃないんだけど。
   ・・・なんというか。

真優:なに?言いたいことがあるなら言えばいいじゃん。

泰司:えと、そこをどいてもらえるかな?

真優:へ?

泰司:いや、ここ出入り口の階段なのよね。会社の。

真優:あっ・・・あー。

泰司:出たいから、ちょっとどいてくれるかな?

真優:な、なんかごめん

泰司:い、いや、こっちこそなんかごめん・・・って。びしょぬれじゃん!?

真優:あ、うん。 傘持ってなくて

泰司:そ、そうなんだ。あ、そうだ。

真優:ん?なに?

泰司:ほい。折り畳み傘。

真優:あ、ありがと

泰司:これ貸したげるから、帰れるよね

真優:う、うん。・・・くしゅん

泰司:ちょっ!?大丈夫!?

真優:だ、大丈夫。冷えちゃったかも・・・くしゅん

泰司:あー・・・。んー。仕方ない、か・・・。ウチに来なよ。

真優:はい!?

泰司:いや。冷えたまんまだと、本格的に風邪ひくし。

真優:そ、それは悪いから

泰司:それで風邪ひかれたら俺が姉貴に怒られそうだし。
   ウチすぐ近くだから、服だけ乾かしてきなよ。

真優:あ、えと。・・・じゃあ。

泰司:よし、そんじゃ、付いてきて。


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泰司:ほい。ココア。飲んで。

真優:あ、ありがと。

泰司:30分もしたら服、乾くと思うから。後、悪いね。ダボシャツ着せて。

真優:う、うん。大丈夫だから。

泰司:あ、てきとーにくつろいでて。暇なら本棚にある本や漫画読んでていいから。

真優:・・・なんか、ごめん。

泰司:ん?なにが?

真優:いや、いろいろしてもらって。

泰司:これくらいいいって。知り合いのよしみってことで

真優:うん。そだね。

泰司:んじゃ、俺はこっちで仕事してるから何かあったら呼んで。

真優:はぁい・・・。
   はぁ。なんか流されるままに来ちゃったなぁ。
   まぁ、襲われたり変なことにならなかったからいいけど・・・。
   ・・・にしても、すごい本。えっと、なになに?『江戸の風俗と土着信仰』『西洋信仰の発展と衰退』?
   なんか不思議な本ばっかり。これなんだろ?レポート?『刑罰と人の欲求について』?
   「過去、人間は刑罰を娯楽の一種にすることがあった。男は剣奴(けんど)として猛獣と戦わせ、女は権力者の性的欲求を晴らすツールとして・・・

泰司:何見てんのぉ?

真優:わぁっ!?び、びっくりした。いきなり声かけないでよ!!

泰司:ごめんごめん。・・・あー、こんなとこにあったか。

真優:あ、えと、これはその・・・。

泰司:それ、俺が前書いた論文。読んでもいいけどすっげーつまらないと思うよ?

真優:論文・・・?

泰司:実はねぇ。俺、研究者になりたかったのさ。社会風俗史の。
   あ、風俗って言っても女の子とエッチなことするあれじゃないから。

真優:うん、それはわかってる。・・・研究者やめたの?

泰司:うん。まぁ、芽が出なかったっていうか、才がなかったっていうか・・・。
   そんなこんなで今は売れない出版社でライターやってます。

真優:そう・・・。ん?なにこれ?

泰司:ん?あっ!えと、それは見ない方がっ!

真優:もう遅いよーん。って・・・うん、なにこれ。

泰司:あー。えっと、緊縛写真集・・・。

真優:もしかして、変態さんですか。

泰司:ちがう!!断じて違う!!

真優:うわー。こわいー。女の子縛って興奮する変態さんに襲われるぅー

泰司:しないから!誤解だから!!

真優:ま、だろうね。そういう人だったら、連れ込まれてる時点で、既に私襲われてるだろーし。

泰司:そ、そうだよ!だから俺は変態とかじゃなくて・・・

真優:ただのヘタレってことだ。

泰司:うっ・・・それは心に刺さる・・・。

真優:にしても、すごいね。なんか苦しそうな体勢のやつとかあるんだけど。

泰司:んー。まぁ、これはある程度辛いかもだけど、そんなに苦しい訳じゃないよ。
   圧迫する場所が分散されてるから。

真優:ふぅん・・・。うわ、これとかどうなってるの?

泰司:えっと、8mのロープ4本くらいで吊ってあるね。んで、胴のほうで・・・

真優:おにーさんおにーさん。

泰司:ん?

真優:えらくク ワ シ イ ン デ ス ネ

泰司:あっ・・・

真優:やっぱり変態さんなのか・・・

泰司:いや!そうじゃなくてっ!あの・・・はぁ・・・

真優:あ、なんかあきらめた。

泰司:正直に言うと。これ、カメラマンやり始めたきっかけの写真集

真優:はぁ。きっかけですか。

泰司:大学ん時の友人が、縄でご飯食べてる人間でね。
   そいつが、緊縛写真集だすって言うからそれでカメラマンさせられた訳。

真優:へぇ・・・。

泰司:ま、それがきっかけでどういうことかカメラマンの仕事が増え始めてね。
   今は、フリーライターとカメラマンの二足の草鞋(わらじ)なのさ。

真優:ほぉ・・・。で、縛りとかにくわしいのはなぜ?

泰司:その友人に教わったんだよ。別に教えてほしいとは言ってないのにその場のノリでね。
   だから、ある程度のことならできるけど。

真優:へぇ。そうなんだ。

泰司:あと、さっきのレポート書いたように刑罰とか研究してたからその関連で詳しいってのもあるけど。

真優:不思議な経歴をおもちで。

泰司:まったくもって。

真優:・・・やってみたかったりするの?

泰司:ん?なにを?

真優:コレ。

泰司:緊縛!?あー・・・興味はないわけじゃないけど。別に・・・。

真優:へぇ・・・やっぱりヘタレなんだ。

泰司:なぜそうなる・・・。

真優:ま、いいや。で、何しに来たの?

泰司:あっ!そうだった。書類取りに来たんだった。えっと、どこにしまったかな・・・

==========================================(ニコ生区切り点)

知枝:なにやってんの?

泰司:あ、姉貴・・・遅いよ・・・

真優:あはー。知枝ねぇだぁー。むちゅぅー

知枝:あー、もう、はいはい。酔いに任せて襲ってこないの。

真優:ケチぃー

泰司:す、すげぇ。手なずけてる・・・

知枝:さんざん付き合ってきたからねこの子と。
   ちなみに、この子、私とどっこいなウワバミだから。

泰司:まじか・・・。

知枝:・・・飲ませたんじゃないでしょうね?

泰司:ちがうちがう!気づいたら勝手に飲んでたんだよ!

知枝:またか・・・。相変わらず酒癖がひどいな。

真優:ちぃえねぇちゃぁん。んふふふ~

知枝:もー、上機嫌で何よりなんだけど、べたべた引っ付かないで。
   それに私、今汗でべとべとだから・・・

真優:じゃあ、私が舐めてきれいにしてあげ・・・

知枝:やめなさいこのセクハラおやじが!(チョップ

真優:あぐっ!ぶぅー。私は女の子だもーん

知枝:ったく。で、どういう風の吹き回し?

泰司:ああ、昼間、出版社に記事持ち込んだ帰りに会ってさ。
   この子がびしょぬれで雨宿りしてたから。

知枝:保護、もとい連れ込んだと。

泰司:連れ込んだって言い方はひどくないか?姉貴。

知枝:そう見えるんだから仕方ないじゃない。

泰司:そうだけどさぁ・・・

知枝:とりあえず・・・襲ってないでしょうね?

泰司:んなことするかっての!

知枝:ならよろしい。・・・さ、真優ちん。酔っぱらってないで帰る・・・あれ?

真優:うにゅぅ・・・くかー

泰司:ね、寝た・・・?つか、落ちるの早くね!?

知枝:おーい、真優ちーん?

真優:もう、食べられない~

知枝:あ・・・これ本気寝だ。

泰司:はぁっ!?マジかよ!!

知枝:大マジで。あちゃー、どうしようかなぁ。

泰司:運ぶのは無理だかんな?俺、明日締め切りの仕事抱えてんだから。この時間すら惜しい。

知枝:そうか。なら、泊めてやんな。

泰司:はい?

知枝:だから、泊めてやれって。それが簡単。

泰司:いや、でもよ。男と女が一つ屋根の下でって・・・

知枝:だって、私だけじゃ運べないし。

泰司:はぁ?な、なら、姉貴も泊まって・・・

知枝:私、今日これから会社にもどるから。

泰司:なんで!?

知枝:だって、こないだの打ち合わせした見本誌のことで会議あるし

泰司:うそぉ!?今は夜の7時ですよ。お姉さま!?

知枝:ま、それ以外にもいろいろとやることが・・・はぁ・・・帰りたくない・・・

泰司:な、なんかお疲れ・・・

知枝:くそぅ、泊まれるものなら泊まりたいんだよ!だが、仕事が山のように・・・っ!
   そういうわけだから、この子、任せた。

泰司:は、はい。

知枝:くれぐれも、襲ったりしないように。・・・あ、あと襲われないように。

泰司:了解・・・って、襲われない?

知枝:ま、気を付けといて。んじゃ、任せた。

泰司:あっ、ちょっ!・・・行っちゃったよ。

真優:ううーん。うあー。

泰司:お、起きたか?

真優:ううん・・・お兄ちゃん・・・

泰司:思いっきり寝てると。・・・どうしたものやら。
   真優ちゃん。起きなって。風邪ひくぞー

真優:う、ううん・・・

泰司:あ、起きた?今度こそ。

真優:ぎゅー

泰司:へ?

真優:ぎゅーしてほしい

泰司:い、いやいや。何を言って・・・

真優:ぎゅー・・・

泰司:おわっ!?(抱き着かれ、倒れる

真優:あったかーい

泰司:ちょっ!?寝ぼけてる!?ってか、やめ・・・

真優:意外と、おっきいんだね

泰司:はぁっ!?な、なに・・・が!?

真優:身体。もっとヒョロイのかって思ってた

泰司:あ、ああ。そりゃあ、一応鍛えてるし・・・

真優:ふぅーん。そうなんだぁ。(泰司の体をまさぐり始める

泰司:あ、あの。お嬢さん?なに、しれっとセクハラしてるんです?

真優:んー?だめー?

泰司:だめに決まっ・・・てっ!?

真優:あはっ。声裏返った。耳が弱点なんだぁ

泰司:てめっ・・・。ちょ、やめろって。

真優:あは、かっわい~

泰司:お前っ、年上を弄ぶのもっ・・・いいかげんにっ!

真優:ふふ~ん

泰司:このっ!過ち犯すぞこらぁっ!

真優:・・・いいよ?(囁いて

泰司:はぁっ?

真優:シタければ、すれば?

泰司:っ・・・。てい。(でこピン)

真優:あうっ。いったぁ~

泰司:酒癖悪いなホントに!女の子がそんなことしちゃいけません!

真優:・・・つまんない。飲み直す。

泰司:お酒は没収!

真優:なんでぇっ!?

泰司:当たり前だろうが!つか、人の物を勝手に飲むなっての!

真優:・・・けち(沈んだ声で)

泰司:あ?なんか言ったか?

真優:とぉっ

泰司:がふっ!?ぐっ・・・みぞおちにっ・・・痛てぇ

真優:ばーかっ!(出ていく

泰司:ぐ・・・思いっきり殴りやがって・・・しかも不意打ち。
   動けねぇ・・・。
   もう、知るか・・・。

==========================================

知枝:よぉ、我が弟。(疲れ切った姿で

泰司:あー?ああ、姉貴。いらっしゃい。

知枝:疲れているな。青年。ほれ、褒美をやろう。

泰司:おお、これは栄養ドリンク・・・!天の恵み・・・!

知枝:代わりと言っては何だが、シャワー貸せ。

泰司:どうぞ、ご自由に。

知枝:あ、そういや真優ちんどうした?

泰司:ん?ああー。出てった。

知枝:そうか、出てって・・・は?出てった?帰ったじゃなくって?

泰司:そう、出てった。俺殴って出てった。

知枝:何があった。弟よ。詳しく話せ。

泰司:おう、すげぇ剣幕・・・。い、いや。何があったってなぁ・・・。
   素直に言えばだ。姉貴が帰った後な、寝ぼけて俺に抱き着いてきたわけさ。

知枝:おう、想像できるな。

泰司:んで、そのあと、俺が冗談で、「過ち犯すぞ!」って言ったら、「いいよ?」なんていうから、でこピンした。
   そしたら、むくれてやけ酒し始めたから酒没収。すると、みぞおちに一発入れられた。「バーカ」っていう暴言つきで。

知枝:ああ・・・。そういうこと。そっかぁ・・・。

泰司:あれ?姉貴?

知枝:あー、うん。怒らないよ。うん。予測できてたからね・・・。あー、やっぱりかぁ。

泰司:はぁ?なにが「やっぱり」なんだよ。

知枝:いやね。真優ちんの悪癖なの。あれは。

泰司:悪癖?

知枝:そう。なんていうかさ。心にぽっかり空いた穴を埋めたい衝動。ってやつ?

泰司:・・・よーわからん。

知枝:だろうねぇ。んー。どういったもんやら。

泰司:今の状況だとなにがなにやらさっぱり

知枝:えっとね。あ、自己肯定感ってわかる?

泰司:ああ、わかるよ。「自分を自分で認めてやる」ってやつだろ?

知枝:そう、それ。真優ちんにはね。それが、欠けてるの。

泰司:はぁ。欠けてるねぇ?

知枝:言ってなかったけどね。真優ちん。両親いないから。

泰司:へぇ?なに?離婚?

知枝:ちがう。お母さんは死別。お父さんは女作って蒸発。

泰司:じゃあ、施設で育ったのか。

知枝:ある程度はね。後はお兄さんと一緒に。

泰司:兄貴。ああ、姉貴の彼氏ね。

知枝:そう。奴ね。でもまぁ、親代わりって言っても、さ。ね?

泰司:限界があるってことか。

知枝:そう。お兄さんが仕事に出てるときは独りぼっちだし。
   学校でもあまり遊ぶ友達作ってなかったみたい。

泰司:満たされないか・・・。

知枝:そう。でね?スキンシップが多いじゃない。真優ちん。

泰司:ああ。多いな。特に姉貴に。

知枝:おもうんだけど。あれって、寂しさの裏返しなんじゃないかなって。

泰司:裏返し・・・ねぇ?

知枝:ほら、えっと。なんて言えばいいのかな?愛情不足なのさ。大人から守られてるって思えない。

泰司:難儀なことだ。

知枝:他人事だね。

泰司:そりゃあ、まぁな。俺がどうこうできるもんじゃないし。

知枝:・・・そうでもないかもよ?

泰司:あ?なんか言ったか?

知枝:べっつに。さーて、帰るかー。シャワー浴びてから。

泰司:帰る?仕事は?

知枝:今日は振替で休みにしてもらった!

泰司:よーやる。

知枝:9連勤はつらいんだよ!そーいうわけで、シャワー借りる。

泰司:へいへーい。・・・愛情ねぇ?

==========================================
知枝:あの子は、どこかに居場所を求めている。以前は居場所があった。血を分けた兄という居場所。恋人としての兄という居場所。
   でも、その居場所を奪ったのは私だ。だから、ある意味の贖罪として私は彼女に付き合っている。
   けれど、たぶん。あの子の空虚は、私では埋められないのだ。
   彼女には父性がいる。やさしい母性でなく、父親としての温かさ。
   泰司。あの愚鈍な我が弟に、すこし期待をしてしまっている私がいる。
   これは、逃げなのだろうか。それとも・・・。

真優:悪癖が出た。私の忌むべき悪癖。
   渇く。どこまでも。いくら飲み干しても、飲み干しても。
   充たされることのない欲望に 私は今も溺れているのだ。
   冷たい部屋。もう、あそこに居たくない。戻りたくない。ずっと私を温かいもので、つつんでいてほしい。

==========================================
   
   (喫茶店 壁際、角の席で珈琲を飲む真優。向かいに座って神妙な面持ちの泰司)

泰司:真優お嬢さま。お頼み・・・(申し上げたいことが)

真優:遮るように)やだ。

泰司:即答!?

真優:だって、どうせなんか妙な雑誌のネタ提供でしょ。

泰司:ちがうちがう!今回は違う!

真優:どうだかー。

泰司:・・・お給料でます。

真優:ぬっ!?

泰司:諭吉さんです。

真優:ぐうっ

泰司:しかも三人です。三人官女ばりに。

真優:ぐぬぬ・・・

泰司:目が¥(えん)マークなんだが

真優:なってない・・・もん・・・

泰司:はいはい。

真優:・・・内容だけ、聞く。

泰司:食いついたねぇ。ぶっちゃけ、あんまり頼みたくもないんだが・・・。

真優:じゃあ、呼び出さないでよ。

泰司:「背に腹」なんだよ!

真優:で?その「背に腹」なお仕事の内容は?

泰司:その・・・モデルになってもらえねぇかと。

真優:は?モデル?なんの?

泰司:ヒント、ウチで見た本。

真優:拷問がどうの・・・?

泰司:そのあと。なに見つけました?

真優:あー・・・。えーっ!?

泰司:ま、そうなるわな。おっけ、さっきのなしな。

真優:えっ、つか、どういう風の吹き回しなの。

泰司:それは、なんでそんな仕事をしてんのかって?

真優:うん。

泰司:いや、うん。それがな・・・。いや、うん。

真優:だーもう!歯切れが悪いなぁ!なに!

泰司:いや、笑うか、あきれるかしそうだなと

真優:言ってみなさいって、だから。そうしないとわかんないでしょうが。

泰司:ぬ・・・。端的に言えば、だ。贔屓にしてもらってる雑誌の編集者さんがな。

真優:うん。

泰司:今月のグラビアは「フェチズム」特集で行きたいとか言い出してな。

真優:それで?

泰司:どこから仕入れたのか、俺がまぁ・・・過去に緊縛写真集のカメラやってたって聞きつけてよ。
   んで、伝手(つて)もあるだろ的な感じで全部丸投げされてしまってだな。

真優:つまり、まとめると。出版社側ノータッチで自力でグラビアモデルと乗っけられる写真撮ってこいと。

泰司:簡単に、言えば?

真優:・・・バカ?

泰司:ほらぁ!そういう反応になるぅ!

真優:いや、だってそうでしょうよ。この世のどこに、バックアップなしの仕事を安請け合いするアンポンチンがいるのよ。

泰司:すいません、ここにいます・・・。

真優:人が良すぎじゃない?泰司さん。

泰司:だって、頭があがらんのですよ

真優:なに、身内を人質にでも取られてんの

泰司:いや、そういうわけじゃないけど・・・

真優:けど、なに?

泰司:過去にいろいろ普請(ふしん)してもらってだね。

真優:あっそぉ。

泰司:でも・・・まぁいいや。それなりに、おいしい仕事だったけど。蹴る事にしよう。気乗りもしないっちゃあしないし。
   ごめん。真優ちゃん。この話は・・・(なかったことにするから)

真優:遮って)3万全取りだよね?

泰司:へ?

真優:だから、ギャラ。全取り?

泰司:お、おう。モデルの雇い料っつーことでもらってるから・・・

真優:よし。じゃあ、顔出しNG、ヌードNG、コスプレは・・・きわどい水着以外ならOK。

泰司:えっ?あの、状況が・・・

真優:だーかーらー。モデルになってあげるって言ってんの!さっきの条件だったら。

泰司:いや、でも。

真優:血の巡りが悪いなぁ。起きてますかぁ~?

泰司:・・・いいの?

真優:武士に二言はないのだ。

泰司:いや、あんた女子大生だろうに。

真優:で、するんでしょ。さっさと済ませよう。時間もったいないから。

泰司:お、おう。


==========================================

  (撮影スタジオ カメラのチェックをしている泰司。スタジオをうろうろする真優)

真優:へぇ~。こんな感じなんだ。初めて入った。

泰司:シチュエーション建てをされたラブホと似たようなもんだろ。

真優:ベッドはないけどね。

泰司:たしかに。あ、そっちの部屋、服置いてあるから。好きなのに着替えて。

真優:服・・・?なんの?

泰司:撮影の衣装だよ。自前だと、身バレするでしょ。

真優:あ、まぁ・・・そうかも。

泰司:一応、載せる前に見せるし、黒子(ほくろ)とか特定できそうな特徴は加工して消すから。

真優:はぁーい。うわ、いろいろある。

泰司:特にコンセプトはないから好きなの選んで。

真優:学生服、はもう着れないなぁ。

泰司:そう?まだまだいけそうだけど。

真優:案外、妙に見えるもんなのー。

泰司:さいですかっと。こっちは準備できたから。

真優:はーい。

泰司:(独り言)あー、どうしてこうなった。つか、断ればよかったんだよ。こんなこともうやめるって決めて・・・。はぁ。なにやってんだ、俺。

真優:おまたせー。こんなんどうかな?

泰司:おう、おつか・・・れ・・・

真優:ん?なに?・・・なんか変?

泰司:いや、そうじゃなくて・・・。

真優:ん?

泰司:真優ちゃん。綺麗だなって。ワンピース姿。

真優:なっ!?な、なにを真顔で変なこというかな!?

泰司:あっ!いや、深い意味はなくて・・・いや、えっとその、深いっていうかえっと!?

真優:・・・ぷっ。アハハッ!何テンパってんの。

泰司:へ?

真優:はーあ。とりあえず、ありがと。綺麗って言ってくれて。お世辞でもうれしいから。

泰司:お、おう。

真優:んじゃ、後はお任せだから。指示よろしく。

泰司:お、う。了解。

==========================================

真優:初めて、「綺麗」と言われたかもしれない。いや、「綺麗だ」という言葉自体、言われたことは今まで何度もある。
   売春で相手したおっさんとか、風俗を勧誘してくるその筋の人。そういった人からは何度となく言われた。
   ただ、その人が私に投げかける「綺麗」という言葉は私個人に向けられた言葉ではない。
   商売道具としての「女の体」に「綺麗」と言っているのだ。
   誰だって薄汚れた道具なんて使いたくない。なるべく綺麗で整ったもの。それこそに価値がある。
   そんな意味が込められた言葉。だから、綺麗という言葉は少し苦手で嫌いだった。
   ・・・だけど、彼からは。彼の言葉からは、それが感じられなかった。そして、そんな言葉に私は、すこしドキリとしてしまった。

==========================================


泰司:んじゃ、終わり。お疲れさま。

真優:んっ・・・くあーっ!つかれたーぁ。

泰司:お疲れ。

真優:あー、体ばきばき。

泰司:ちょっと、関節動かしてみ。

真優:?いいけど。こう?

泰司:違和感は?痛いとか、つっぱるとか。

真優:んー?特にない、かな?どうして?

泰司:いや、血管が圧迫されたり、神経が傷ついたりすることがあるからな。その確認。

真優:なるほど・・・。ないね。大丈夫そう。

泰司:そうか。もし、後で違和感があったらすぐに病院行けな。

真優:はいはい。んじゃ、着替えてくるね。

泰司:あいよ。こっちも片付けするわ。

知枝:おーいたいた。やあやあ、弟。探したぞ。

泰司:姉貴!?なんでここに!?

知枝:あん?悪いかね?

泰司:いや、悪くはないんだが・・・。よくここが分かったな。

知枝:アンタの家に行ったら、これが置いてあってね。

泰司:あ”っ・・・それは・・・

知枝:アンタねぇ。こーいうのはもう少し隠すようにしなさいっての。まぁ、別に?これもアンタの仕事のウチだからなにも言わないけど。

泰司:は、はい・・・すんま

真優:あー、ばっちり痕が残って・・・あれ?知枝ねぇ?

泰司:げっ・・・

知枝:・・・泰司君。これはどういうことかね?

泰司:いや、あの。これはですね?その・・・

知枝:まさか、貴様。私の真優ちんを辱めたのではあるまいな?

泰司:いや、ちがう!それは断固として違う!!

真優:・・・ふふ~ん

泰司:ちょっ、お嬢さん?なにか悪い顔してますが、弁解をですね。

真優:ひぇ~ん。知枝ねぇ怖かったよぉ~。縛られて恥ずかしい恰好を~

泰司:裏切りっ!?

知枝:よろしい、泰司。そこに直れ!成敗してくれる!!

泰司:ちがう!違わないけど違う!!

知枝:問答無用!

泰司:なんでぇぇっ!?

真優:アハハハッ

==========================================

知枝:んで。合意の上なのだな?

泰司:だから、そうだっての。誤解だ。

真優:あー。さっきの面白かった。「ぐぇ」だって、「ぐぇ」。潰れたカエルみたいな声してたし。

泰司:人で遊ぶなっての。

知枝:でもよかったの?真優ちん。

真優:ん?なにが?

知枝:だって、週刊誌だよ?いや、まぁエロ雑誌じゃないだけまだマシかもしれないけど。

真優:そこらへんは、このオニーサンが何とかしてくれるらしいから。

知枝:本当だろうな?

真優:だろうな?

泰司:お前は便乗すんなっての。そこは責任もって隠しますー。
   それに、向うには了承取ってるしな。なんだったら、撮ったのみせるけど。

知枝:後でチェックさせてもらう。

泰司:へいへい。んで?お姉さまの用事は?

知枝:いやね。こないだの見本誌できたからそれのお礼にね。
   案外好評だったのよ。

泰司:そりゃあ、よかった。

知枝:んで、そんなわけで追加報酬だ。ありがたく受け取るがいい。

泰司:追加報酬って。受け取れねぇよ。

知枝:ま、ぶっちゃけると私の手違いで内緒金が発生してね。ひっそりと処分したい。

泰司:まさか、水増し・・・

知枝:にならないために追加報酬。受け取れ。

泰司:・・・釈然としねぇなぁ。

知枝:きちんと仕事をして、要望以上の能力を発揮してくれたんだ。そう考えてくれ。

泰司:へいへい。じゃあ、ありがたく。

知枝:さて、これでこの闇金(やみがね)は処分できたということで。私は撤収するよ。
   ・・・泰司。

泰司:ん?なに。

知枝:ちょっとこっち。

泰司:なんだよ。

知枝:アンタ。あの子をどうしたいの?

泰司:・・・はぁ?

知枝:仕事だったってのはわかった。けど、あまり女の子に、あんなことはさせるのは。

泰司:わかってる。・・・正直、今。この仕事受けたこと、すげぇ後悔してる。

知枝:あの子、大人に振り回されてきてるんだから。これ以上傷つくようなことはやめて。
   隠すのだけは上手い子だから、傷ついてないように見えるけど。

泰司:それもわかってる。今日の俺は・・・最低だな。

知枝:いや、そこまでは言ってないけど・・・。

泰司:自分で思ってるだけだよ。

真優:うわ、すご。なにこれ。こんな部屋もあるんだー。

知枝:・・・あの子、守ってやらないと。これ以上危ない橋を渡らせるのは。

泰司:わかってる。わかってるから!もう、言わないでくれ。姉貴。

知枝:こういうこと、アンタに頼むのは虫がいいかもしれないけど・・・。

泰司:俺が父親代わり・・・にはなれねぇよ。

知枝:うん。

泰司:けど、まぁ。兄貴分には、なれるように努力する。

知枝:そうして、くれるとたすかる。・・・ねぇ、泰司。

泰司:ん?

知枝:やっぱり、怖い?女の子と仲良くなるの。

泰司:・・・ああ。

知枝:大丈夫。もう、昔のあんたじゃないんだから。

泰司:そう・・・なら、いいんだけど。

知枝:大丈夫。大丈夫だよ。あんたは悪くなかったんだから。

泰司:ああ。

知枝:さて、本格的に私は仕事に戻るよ。んじゃね。
   ・・・ちゃんと、送ってあげるんだよ。

泰司:あいよ。

知枝:んじゃね。真優ちーん。お先にー。気を付けて帰るんだよー。

真優:あ、はーい。知枝ねぇがんばってねー!むっちゅー

知枝:おう、投げキッスと来たか!がんばる!

真優:へへー。いってらっしゃい。

==========================================(ニコ生区切り点

泰司:これが・・・こうで・・・

真優:わ、見てみて。ここ。

泰司:んー?

真優:痕。くっきり残ってる。

泰司:あー。縄のか。たぶん、そのくらいならシャワー浴びて血流良くしたら消えるぞ。

真優:へー、そんなんで消えるんだ。ちょっと残念。

泰司:真優ちゃんは若いし。大丈夫。明日には治るよ。・・・んー。こんなもんかね。

真優:お、完成?

泰司:まぁ、そんなとこ。

真優:みせてみせてー

泰司:ほれ。こんな塩梅

真優:おお。すご。

泰司:まぁ、肌とかもろだししてるわけじゃないからなぁ。
   いじったのは、明度くらいか?輪郭線をぼかしで飛ばしてるし。

真優:あ、ほくろは?私、肩にあるんだけど。

泰司:それもばっちり。んー。これとか?

真優:あ、ない。

泰司:ぬかりはないよ。さて、後は姉貴ジャッジか。

真優:べつに私は気にしないんだけどなぁ。

泰司:おいおい。さすがに頓着しなさすぎないか?
   普通、嫌なもんだろ。どこの誰に見られるか、わからないんだぞ?

真優:真っ裸見られるわけじゃないし。風俗の雑誌でもないし。気にしなーい。

泰司:でもなぁ。・・・今からなら、やめてもいいんだぞ?

真優:だから、別にいいんだって。この程度、屁でもないから。

泰司:・・・なぁ、前から思ってたんだけどさ。

真優:ん?なにさ。

泰司:なんで、そんなに自分を切り売りできるんだよ。

真優:・・・は?

泰司:今回のことにしたって、前の飲んだくれたときのことにしたって。
   なんで、自分の体を晒そうとするんだよ。

真優:別に。晒そうとしてるわけじゃないし。自分がしたいようにしてるだけだし。

泰司:だとしたら。もっと、大事にしろよ。お前今、ある意味で危険な橋を渡ろうとしてんだぞ?

真優:なに?説教?あんなこと頼んできておきながら、よく言えるね。

泰司:そりゃあ、確かに頼んだのは俺だけど。そういうことじゃないんだよ。
   ただ、俺は・・・。

真優:今更、聖人でも気取るつもり?それともヘタレた?
   あー、そっかぁ。女の子をダシにお金もらうことに気が引ける的なやつ?
   でも、お生憎さま。こんなことくらいで私は動じないの。今まで自分がやってきた事と比べたらね。

泰司:は?何言ってんだよ。今、別にそういうことを言ってるんじゃ

真優:やっぱり、この世の中って汚い奴ばっか。自分の欲だけにしか興味ないんだし?
   甘い言葉なんてのも、所詮自分を守るためのいい訳なんだもんね。そうなんでしょ。アンタも、知枝ねぇだって。

泰司:おい、やめろよ!今日のこともあるし、俺は別に悪く言っていい。けど、姉貴は関係ないだろ。

真優:関係ない訳ない!私が今こんなに寂しい思いしてるのは全部、知枝ねぇの所為だし!
   知枝ねぇが居なければ私は、こんな思いしなくて済んだんだ!

泰司:はぁ?お前、何言って・・・

真優:へぇ・・・。聞いてないんだ。知枝ねぇから。

泰司:聞いてないって・・・なにをだよ。

真優:私のコト。今までどういうことしてたか。

泰司:聞くわけねぇだろ。そんなこと。

真優:じゃあ、いい機会だから教えてあげる。初めて会ったときに言ってた「性体験」のレポートにできるいいネタだよ?

泰司:言わなくていい。そんなことは。

真優:いい?私の初めてはね。お兄ちゃんなんだ。とっても大好きでかけがえのない人。

泰司:お兄ちゃんって。姉貴の。

真優:そう、知枝ねぇの彼氏で私の血のつながったお兄ちゃん。
   17の時にね。シたんだ。ちょうど、彼女と別れて傷ついてた、その時のお兄ちゃんと。

泰司:それって、まさか・・・

真優:あぁ、レイプじゃないから。っていうか私が誘ったの。私が。自分の意志で。誘ったの。
   すっごい気持ちよかった。初めては痛いって言うけど私はそうは思わなかったな。
   とっても幸せで。温かくて。大好きで。幸福な時間ってやつだったよ。

泰司:もういい。やめろ。

真優:それからね。一緒に暮らしてる間はしょっちゅうお兄ちゃんとしてた。
   だって、その時だけが私の幸せな時間だったんだから。
   ま、他にもお金もらってそこらのオッサンともしたことあるけど、あれはだめだね。
   単なる作業だった。愛があるのと無いのとじゃやっぱりいろんなことが・・・

泰司:やめろ!もうたくさんだ!

真優:なに?聞きたかったんじゃないの?レポートの題材でしょ?ほら、たくさん喋ってあげるから書けばいいじゃん。

泰司:真優ちゃん。・・・ごめん。

真優:は?なに?

泰司:俺、君の事、大分誤解してた。

真優:もっと、可憐でおしとやかな子って?お生憎。その真逆で・・・

泰司:そうじゃない。ここまで傷ついてるって思わなかった。だから、ごめん。

真優:私が?傷ついてる?は?何言ってんの。

泰司:そうやって、悪い人間みたいに自分を言って。虚勢を張らなくていいんだよ。真優ちゃん。

真優:虚勢なんか・・・。

泰司:張ってるだろ。ワザと悪い人になることで、自分の心の傷を見ようとしてないだけだ。

真優:傷なんてない!私はただ・・・っ。

泰司:なんだよ。「ただ、」なんだよ。

真優:言わない。

泰司:なんだよ。

真優:言わないっていってるでしょ!?

泰司:認めることになるんだろ。言ったら自分が弱いって。

真優:っ!・・・うるさい。

泰司:あ?

真優:うるさいうるさいうるさいっ!なに!?アンタ。親にでもなったつもり!?
   さっきから私の地雷ばっかり踏んで。そんなに怒らせたいの!?

泰司:別に、俺は親になろうなんて思ってない。ただ、救いたいだけだ。

真優:そうやってきれいごとばっかり。いいよね。恵まれた立場にいる人は。
   そうやって、本人が欲しくもない同情を勝手に押し付けられるんだから。

泰司:俺も・・・対して恵まれてねぇよ。

真優:口ではなんとだって言えるよね。汚いって言われるようなことしてきてない癖に。

泰司:・・・そうかよ。

真優:なに?キレた?口で負けるからって、今度は暴力でも振るう?

泰司:暴力・・・になるな。でも、今のお前に何言ってもあーだこーだ言って話そらすだろ。
   だったら、こうした方が手っ取り早そうだよな。

真優:・・・なに?何する気・・・?

泰司:ん?俺の傷痕を見せるだけだよ。俺も似たような「汚い人間」だっていう証拠をっ!(襲い掛かる

真優:ちょっ!やめっ・・・んぐぅ!?(口をふさがれる

泰司:悪いね。しばらくこういうことしてないから。ちょっと乱暴になるけど。勘弁な。

==========================================

知枝:以前。あるショーバーで事故があった。
   フェティッシュ・バーと一般で言われるその店では、おどろおどろしい音楽のリズムに合わせて、女性が縛られ、打擲(ちょうちゃく)されるというショーが開かれていた。
   あくまで、ショーで有り性的なものや重大な危険が伴うようなことは行われていなかった。ただ「そういう風に見えるだけ」。それをただ娯楽として観客に楽しませるものだった。
   愚弟・・・泰司は、当時、大学生で、アルバイトでそのバーに勤めていた。やってることはカクテルを作ったり、料理をだしたり。ショーには一切かかわっていなかった。
   しかし、その事故があった日。奴は、ほんの少しだけ。かかわってしまっていた。
   
泰司:その当時のことがフラッシュバックする。苦痛にうめく声。涙を流す表情。
   吐き気と同時に一種の悦楽感が腹のそこから湧き上がってくる。しかし、その背後で心は悲鳴を上げ続ける。
   ざく、ざく、と繰り返し鋭利なナイフで胸を刺されるような感覚を覚えながら、俺は動く。
   見たくない傷痕。朱くただれたような心の傷痕が。ただじくじくと痛み、存在を主張していた。

==========================================

真優:はぁ・・・はぁ・・・っ

泰司:・・・はぁっ・・・はぁっ・・・。

真優:・・・ねぇ。

泰司:・・・あ?

真優:ほどいて、コレ。手、痛い。

泰司:わ、悪い!

真優:・・・・・。

泰司:・・・・・。

真優:・・・ごめんなさい。

泰司:え?

真優:ひどいこと・・・。言った。から・・・。ごめん。

泰司:いや・・・うん。つか、俺の方がひどいことをしたっていうか。

真優:うん・・・。そうだね。けど・・・。

泰司:けど?

真優:してる最中・・・すっごい嫌そうな顔してた。

泰司:そりゃあ・・・まぁ・・・。ほい、解け・・うわぁ!?

真優:抱きしめて。

泰司:はぁ?

真優:ちょっと、怖かった、から。抱きしめて。罪滅ぼし、しろ。

泰司:・・・はいはい。仰せのままに。お嬢様。

==========================================

知枝:・・・なぁ、二人とも。聞いていいかね?

泰司:ん?

真優:なに?

知枝:君ら、そんなに仲よかったか?

真優:んー?

泰司:べつに?ふつうじゃねぇか?

知枝:いや、待て!普通か!?これ!?膝上だっことか今までしてなかったろ!?

真優:いやぁ、これにはそれなりの訳がありまして

知枝:なんだなんだ?私が居ない間に何があった!

泰司:何があったというか・・・うん、ナニがあったというか・・・。

真優:ふふーん。ないしょだよーん。

知枝:何がなんだか・・・。まぁいいや。

泰司:あぁ、そうだ。姉貴。

知枝:ん?なんだね。愚弟。

泰司:ぐて・・・いや、いいけどよ。コイツ、今日泊めるから。

知枝:・・・は?

泰司:・・・だめか?

知枝:いや、そりゃ、別にいいけど。私んちじゃないし、真優ちんがいいなら別に。

泰司:そうか。

知枝:あんた・・・どうしたのよ。熱でもあんの?それとも変なもの食べた?

泰司:熱はねぇし、別に何も食ってねぇよ!むしろ、腹減ってるわ!

真優:私が泊まるのって変?

知枝:いや、真優ちんが変とかじゃなくてだね?こっちが。

真優:へ?泰司さん?

知枝:コイツ、人を・・・ってか女を家に泊めるってこと自分からしないから。

真優:そうなの?

泰司:あぁ、まぁな。

知枝:コイツ、前付き合ってた彼女すら泊めたことないからな。

真優:え、マジで。

泰司:ああ、ないな。

知枝:だからね。少しびっくりしたのさ。・・・ふぅん。そっか。

泰司:なんだよ?

知枝:真優ちん。ちょっと、コイツ借りていいかな?二人で話したいんだけど。

真優:ん?いいけど。ほい。

泰司:なに?姉貴。

知枝:とりあえず、こっち。

泰司:はいはい。

知枝:アンタ。なにしたの。

泰司:何したって・・・。

知枝:あの子があそこまでガラッとなつくなんてありえないし、そもそもあんたが泊めると言い出すのすらありえない。

泰司:別に。気まぐれで・・・

知枝:気まぐれでどうこうする人間じゃないでしょうが、泰司。

泰司:はぁ・・・しょうがないか・・・。

知枝:なによ。

泰司:わりぃ、姉貴。さっき、アイツとやった。

知枝:は・・・?やったって、つまり・・・。

泰司:多分、今思ってることで合ってる。

知枝:はぁっ!?

泰司:お互いにお互いの地雷踏んで口論になって、んで、やった。

知枝:まてまてまて。脈絡がなさ過ぎて私、訳わかんない。
   口論からどうしてやることになんの!?

泰司:んー。まぁ、やったって言っても、ほぼほぼレイプっつーかなんつーか。

知枝:はぁっ!?え?は?待って、ごめん。ほんっと意味が分かんない。わかるように説明して。

泰司:えっと、事の発端は、俺が今日のあの仕事やっぱり蹴ろうか。みたいな話から始まってだ。
   そしたらあいつが、まぁ、言ってしまえば病んだ訳だ。こう、「自分は汚い人間だ」とかなんとか。

知枝:うん、それはわかる。続けて。

泰司:んで、そうやって自分をけなして見栄を張らなくてもいいんだ。って言ったら、
   「汚いって言われることを、したことない人に言われたくない」って言われて。

知枝:ほう。それで?

泰司:それ聞いて、まぁ、カチンと来てだな。

知枝:んで、襲ったと。

泰司:トラウマをえぐる形で。

知枝:・・・それは、あんたの?

泰司:・・・おう。

知枝:・・・はぁ・・・。なるほどね。だからか。

泰司:つまり、そういうことです。以上、報告終わり。

知枝:わかった。おつかれ。弟。

泰司:おう、ありが・・・

知枝:(無言ではたく)

泰司:痛った・・・

知枝:事情はわかった。お互いに傷見せ合って仲良くなったのもわかった。
   けど、泰司。アンタがやったことは褒めらんない。

泰司:でしょうね。

知枝:あの子は独り立ちしないとダメなんだよ?アンタが今日やったことは、単に別のヤドリギを作っただけ。

泰司:・・・そうだな。

知枝:泰司。アンタどうしたいの?あの子を。

泰司:どうしたいって・・・。

知枝:彼女にするの?それとも都合のいい相手?

泰司:・・・どっちでもないかな。

知枝:私から見たら、後者にしか見えない。アンタがそのつもりなくても。

泰司:そうだよなぁ。

知枝:あー、イライラするなぁ。結局どうなの。アンタ。

泰司:兄貴

知枝:は?

泰司:本当の兄貴の代わり・・・ってのはだめか?

知枝:何言ってんの?

泰司:俺は、別にどうこうしたいわけじゃないし、でもだからといって赤の他人って過ごし方もしたくない。

知枝:それで、ただ甘やかして終わるつもり?

泰司:別に、そんなつもりないし。

知枝:どういうこと?

泰司:一応・・・保護者的な?
   あいつ、危なっかしいし、目が離せないっていうか。

知枝:それで、ずっと見てやるの?世話するの?

泰司:・・・。

知枝:アンタね。さっきから言ってること、ペットを飼いたいって言ってる子供と同じこと言ってるのわかってる?

泰司:別にそんなつもりで

知枝:あの子を救うなんてことは簡単に出来る訳ないんだからね。

泰司:うん。知ってる。

知枝:だったら、甘ったるい考えやめて・・・

泰司:だから、見守ってやるんだよ。

知枝:はぁ?

泰司:甘やかすとか、そういうの抜きで。ただ、見守る。
   で、危なくなったら手をさしのばす。それでいいかなって。

知枝:それで・・・あんたは大丈夫なの?
   人ひとり抱えて立てるの?

泰司:・・・しんどかったら、姉貴を頼る。

知枝:人頼みって・・・?ふざけんのも大概にしなさいよ!

泰司:え?

知枝:アンタね!そういうところが甘ったるいって言ってんの!
   兄貴になりたい?見守る!?それができるほどアンタは強い人間なの!?

泰司:・・・おう。

知枝:バカバカしい。単にお互いに傷舐め合って、仲良しこよし?
   それって単なる問題の棚上げじゃない!

泰司:わかってるっての。

知枝:わかってるって言うなら、ちゃんと向き合いなさい。自分の問題にも、真優の問題にも!
   アンタももういい大人なんだから。
   ・・・今日は、もう帰る。これ以上居てもらちが明かない。

真優:あ、お話し終わった?

知枝:うん。終わったおわった。そろそろ帰るよ。真優ちん。

真優:えー、帰るのー?

知枝:私は、明日も仕事だからねー。あと、女の子をそうやすやすとコイツん家に泊める訳にはいかん。

真優:ぬー・・・。じゃーしかたないかー

知枝:その代わり、今日は私の家に泊まっていきなさい。

真優:マジで!?行っていいの!?

知枝:おうとも。・・・じゃ、そういうことだから泰司。

泰司:・・・わかった。

==========================================

泰司:自分の闇が広がっていくのがわかる。
   どこまでも暗い、自分の憎むべき感情。
   壊してしまいたいという思い。歪ませたいと思う感情。
   あの日以来気づいてしまった自分の欲望。
   サディズムよりも歪んだ一種の狂気。
   それを俺は、ぶつけようとしてしまった。
   立ち直らせるなんてことを言い訳にして。
   わかっている。わかっているが・・・。

==========================================

真優:ひっさしぶりの知枝ねぇの家~ふっふ~ぅ

知枝:修学旅行に来たわけじゃないんだから。

真優:えっへへー

知枝:あのさ。・・・ねぇ、真優。

真優:知枝ねぇ。その話さ。さっきのコト?

知枝:えっ・・・真優、もしかして聞いてた・・・?

真優:うん。聞いてた。だから連れてきたんでしょ?自分ちに。
   これ以上、泰司さんに襲わせないために。

知枝:・・・あのさ。真優。今やってること。わかってるの?

真優:わかってる。自分を傷つけてることも、これが自分を救うことにはならないことも。

知枝:じゃあなんで!

真優:お兄ちゃんに似てるから・・・かな?泰司さんが。

知枝:泰司が、涼介に・・・?

真優:似てる、っていうのも違うんだけどね。どーいったもんかなー。
   自分のことを好きにならないタイプってやつ?
   自分がどう悪いかってわかってるのに、どうすればいいのかわからないって感じ?

知枝:・・・そう。

真優:あ、安心して、私が犠牲になったら泰司さんが助かるんじゃないか。なんてお気楽な思考はしてないから。
   ただ、そうだね・・・うん。あ、そうそう。あの事は単なる事故でしかないから。安心して。

知枝:安心してって、出来る訳ないじゃない!真優。あなたは・・・

真優:ありがと、知枝ねぇ。心配してくれてるんだね。

知枝:真優。正直に言う。私はね。貴女が怖いの。
   不安定で、壊れそうで。手を離せばどこか行っちゃいそうで。

真優:うん。

知枝:涼介があの頃、うじうじしてた理由がわかった気がする。
   真優、貴女可愛いもん。ずっと手放したくないし、傷つけたくない。

真優:やだなぁ、知枝ねぇってば。褒めても何もでないよー?

知枝:ふざけないで聞いて!
   私は、真優。貴女が大事。涼介に負けないくらい。
   だから!・・・だからね?もうやめよう?自分を売って生きるやり方。

真優:自分を売って生きる・・・かぁ。うん、そうかもね。

知枝:真優・・・。

真優:こういう生き方しかしてこなかったからかな?
   もう、当たり前になっちゃった。これが私の普通なんだって感じ。

知枝:でもそれは、まちがったことだよ。

真優:うん。お兄ちゃんと似てんだね。こういうとこも。
   私も不器用ってことだ。・・・ねぇ、知枝ねぇ。

知枝:なに?

真優:私さ。泰司さんに心の痛いトコ突かれちゃった。

知枝:心の・・・?

真優:カッとなって、知枝ねぇのことひどく言っちゃった。
   お兄ちゃんを奪ったって。けど、解ってるんだよ?
   本当は奪ったんじゃない。知枝ねぇは、お兄ちゃんを普通に戻してあげただけ。むしろお兄ちゃんから普通を奪ってたのは私。

知枝:そんなことはない!真優はちょっと迷ってただけで。

真優:そういう優しいとこ好きだよ。知枝ねぇ。どこまでも心配してくれる。

知枝:だって、大切な妹だもん。

真優:うん。ありがとう。でも、お兄ちゃんを縛ってたのは本当。
   だから、私は一人になった。けど、それで気づいたこともある。

知枝:気づいたこと・・・?

真優:私は、寂しい。常に、誰かから見てもらえないと嫌な人。
   だから、お兄ちゃんにだって、知枝ねぇにだって甘える。

知枝:・・・そうね。

真優:けど、甘え方はもう間違えない。自分を傷つけて見せて、無理やりこっちを向いてもらおうなんて思わない。
   
知枝:無理やりか・・・。

真優:前の私が乱暴すぎたんだなーって。ちゃんと声をかけたら構ってくれる人一杯いるのにさ。
   自分で一人になって、自分でめそめそしてた。
   今更思うよ。情けねーって。
   ・・・だから、心配しないで。私は、前の私じゃないから。

知枝:真優・・・。このぅっ!

真優:わぶっ!?ちょっ!?知枝ねぇ!?

知枝:大人になってコノヤローっ!頭なでさせろ!

真優:痛い痛いっ!髪の毛抜けちゃうってばーっ!

知枝:・・・過保護すぎたかな。

真優:んぅ?

知枝:そこまで真優が考えてるって思ってなかった。

真優:まぁ、そうだろうね。私でもそう思うから。

知枝:ごめんね。私、真優を甘く見てた。

真優:いいの。これくらい。・・・知枝ねぇ。

知枝:なに?

真優:ちょっとだけ、悪巧みをしてるんだけど、いいかな?

知枝:悪巧み?なんの?

真優:自分売りの最後の一回。

知枝:はぁ!?さっきアンタ・・・!

真優:まってまって!これは、別に寂しいとか、そんなんじゃなくて問題解決のための作戦!

知枝:問題解決・・・?なんの?

真優:泰司さん。同類相哀れむってやつ?わかるんだよね。何かがある人って。

知枝:気づいちゃったか・・・。

真優:うん、だから、これを最後の一回にするって約束するからさ。自分を売らせて。泰司さんに。

知枝:・・・何をする気なの?

真優:泰司さんを引きずり出すの。暗いトコにいるのを無理やり。

知枝:どうやって

真優:どうするかは・・・知枝ねぇが「売っていい」って言ってくれたら教えてあげる。

知枝:それって・・・。むう・・・。

真優:さ、どうする?伸るか反るか。二つに一つ。

知枝:その言い方にやり方。涼介にそっくり。・・・私が拒否したってやっちゃう癖に。

真優:あ、ばれてた?

知枝:ほんと、思考まで兄妹ね。じゃあ、私はこう言う。「内容がはっきりするまで是非は答えない」

真優:ぐっ・・・そうくるかぁ。それは考えてなかったぁ・・・

知枝:私を誰だと思ってる。

真優:おみそれしました。仕方ないなぁ。じゃあ、言うかぁ・・・

=============================(ニコ生区切り点)

泰司:こんなとこに呼び出してなんだ?

真優:ふふー。なんでしょう?

泰司:変なことに巻き込もうって腹じゃないだろうな?

真優:あー、すぐそうやって私を悪者にするー

泰司:はいはい。んで?いたいけな俺をラブホに連れ込んでどうするつもり?

真優:ねぇ、泰司さん。もっかい私を縛ってみる勇気ある?

泰司:はぁ!?何言ってんだ!?

真優:なんだったら、そのまま押し倒してもいいんだよ?

泰司:そ、そんなことできるかよ!つか、話に付いていけねぇ

真優:んー、じゃあ、私が泰司さんのコト気に入ったとでも思っておいてよ。

泰司:気に入った・・・?

真優:そ、あー、あとSMプレイってのに若干興味持ったからってものいいかもね。

泰司:なんだよ。それ。

真優:それで?やってみる?今からここで。

泰司:・・・・・。

泰司(М):目の前に女がいる。それも自らを縛って、襲えという。意味が解らない。
     心臓が早鳴るのがわかる。そして、どす黒い衝動も。もう一人の自分が囁く気がした。
     コノ メノマエノ オンナヲ オカシタイ

泰司:・・・できない。

真優:・・・どうして?あ、もしかして知枝ねぇに怒られるから?
   大丈夫。今回は許可を・・・

泰司:そうじゃない!俺は!・・・俺はおかしいんだ!

真優:ふぅん?・・・おかしい?なにが?

泰司:俺は、歯止めが利かないんだ!何をするかわからない!

真優:なんで歯止めが利かないの?

泰司:それは・・・っ!

真優:当ててあげようか。フェティッシュバーであった傷害事故。

泰司:っ!・・・なんでそれを。

真優:被害者はショーで受け手をしていた緊縛モデルの女性。
   事件は演目の最中、天井から吊られていたところ、備え付けの滑車と、縄を止めていたカラビナが破損し、落下。
   背骨を強く打ち、半身不随。

泰司:・・・やめろ。

真優:事件、事故両面で捜査されたけれど、結論は事故。事情聴取のため、その店で働いていた従業員全員から取り調べを行った。
   ・・・その中にいたんだよね?泰司さん。

泰司:・・・ああ。

真優:そういえば、このカラビナを設置したのって泰司さんなんだってね。

泰司:っ!?・・・真優ちゃん。どこまで・・・

真優:どこまででも知ってるよ。警察署できっつい取り調べ受けたことも、そのあと事故で片付いた後も軽いPTSDになったのも。

泰司:どうやってそんなこと。

真優:名探偵 真優ちん!って呼んでくれてもいいよ?

泰司:ハッ・・・なんだそりゃ。

真優:全くもー、ノリ悪いなぁ。

泰司:そうだよ。あの事件を引き起こしたのは俺だ。
   事件の日、ステージの設営に人手が足りなくて、ボーイをやってた俺も駆り出された。
   その時、責め手をやってた店長から渡されたカラビナを付けた。

真優:で、ああなったと。

泰司:ああ、その時は本当に頭が真っ白になったよ。どうしたらいいのかわからなくなった。
   逃げ出したい気持ちと、看護しなきゃという義務感。そして・・・高揚感もだ。

真優:高揚感・・・?

泰司:そう!高揚感だ!あの、騒然とした店内でしっかり聞こえたんだ。激痛に呻く声が。
   泣いて、呻いて、ぜぇぜぇと吐く息。その全部が!はっきりと聞こえたんだ。

真優:それで、興奮しちゃったんだ。

泰司:ああ、たまらなかった。ああ、この女が死ぬかもしれない。そう思った瞬間に。

真優:ふふふっ、そっか、泰司さんは変態さんだったわけか。

泰司:そうだよ!人がひどい目に合っている中、一人猛っていたわけだからな!
   その瞬間にわかった。俺は狂っている。こんなことをもう二度としてはいけないってな。

真優:自分がしたら、抑えがきかなくなるんじゃないかって?

泰司:ああ。どこまでもやるだろうよ。俺は、首を絞めたり、骨を折ったり、苦しむならなんだって!

真優:じゃあ、やって見せてよ。

泰司:なに?

真優:ほら、抵抗しないからさ。好きにして見せてよ。

泰司:お前、自分が何言ってるか

真優:わかってる。殺人教唆(さつじんきょうさ)してるってのもね。
   さ、どうぞ。

泰司:・・・出来る訳ないだろ。

真優:へぇ?へたれるんだ。あの時は私を縛って犯したのに。

泰司:っ!

真優:ま、あんときは二人して頭に血が上ってたし、しかたないか。
   今は「マトモ」なんだしね。

泰司:・・・やってやるよ。

真優:ん?なに?聞こえな・・んぐっ!?

泰司:やってやるよ!殺してやる!どうなっても知らないからな!

真優:あぐっ・・・くっ・・・くひっ・・・

泰司:お前がっ・・・俺をあおるから・・・っ!

真優:くる・・・し・・・

泰司:今更言ってんじゃねぇよ!こんな・・・こんなっ!

真優:苦しくない・・・よ。これじゃ・・・いくら・・・死にたくても、死ねない

泰司:っ!なに・・・

真優:泰司・・・さんは、優しい・・・から。殺せないよ

泰司:ちがうっ!俺は・・・おれはっ!

真優:泰司さんは・・・普通、だよ?だから、苦しまなくて・・・いいの

泰司:ちが・・ちがう!おれは・・・おれ・・・は・・・(力がゆるむ

真優:(解放されてせき込む)
   はーっ・・・死ぬかと思った。いや、死ねないけど。

泰司:おれは・・なにを・・・おれは・・・

真優:ね、泰司さん。悪がらなくていいんだよ。あれは単なる事故なんだ。

泰司:でも、俺はあのとき・・・

真優:人間って、命の危険を感じた時、生存本能が掻き立てられるの。知ってる?

泰司:・・・ああ。知ってる。

真優:じゃあ、その生存本能なんだけど。逃避行動以外にもね。生殖行動にも反映されることもあるってことは?

泰司:生殖・・・行動?

真優:そ、命を残そうってする以外に、子孫を残そうともするの。自分で繁栄を終わらせないために。

泰司:・・・それって、じゃあ・・・。

真優:感づいた?そう、あの時、泰司さんが興奮したって思ったのは「生存本能」の所為。
   生きるために逃げ出すんじゃなくて、子孫を残そうと体が勝手に反応しただけ。

泰司:そんな・・・そんなことで・・・

真優:そう。そんなことで、キミはネガティブボーイになっていたんだよ。NBだよNB。

泰司:ハッ・・・ハハハッ・・・

真優:大山鳴動して鼠一匹ってね。バカバカしいお話だよ。

泰司:本当だな・・・。バカバカしい。

真優:心の傷って案外薄っぺらかったりするんだよ。自分が思ってるよりね。

泰司:知った風に言うな?

真優:体験者ですし。知枝ねぇにお兄ちゃん寝取られた。

泰司:なんだそりゃ。

真優:ふふっ、まぁ、私の傷はお兄ちゃんを好きになったってだけなんだけどね。
   でも、ぶっちゃけ、寂しかっただけなんだよ。

泰司:好きになった・・・か。

真優:うん。キスもしたし、エッチだってした。けど、それは全部寂しさの裏返しっていうのに気付いた。
   というか、気づかされた。知枝ねぇに。

泰司:そうか・・・。

真優:だから、案外なんでもないんだよ。自分が思ってるより。ただ、難しく考えすぎなだけ。

泰司:考えすぎ・・・か。そうだな。
   あ、そういえば。

真優:ん?なに?

泰司:なぁ、なんであの事件のことをあそこまで詳しく知ってたんだ?

真優:あっ、それ聞いちゃう?

泰司:気になる。だって、姉貴にも詳しく言ってねぇし。

真優:あー、そうなんだ。んー。どうしようかな。

泰司:教えろ。教えないと枕元に立つ。

真優:アハハ、なにそれ。幽霊じゃあるまいし。

泰司:で、どうなんだよ。

真優:いやぁ、これはオフレコなんすけどねぇ?

泰司:うん。

真優:実は私、警察にコネクションがありまして。

泰司:・・・はぁ?

真優:今は刑事課の偉いさんなんだけどね。出会ったときはヒラの警官で。女の人なんだけど。

泰司:女性警官っでキャリアってすげぇな。・・・って、いや、まてまて。なんで、警官と仲良くなる!?

真優:きっかけは補導だったな。売春してたときに取っ捕まった的な。

泰司:それが、どうして今まで。

真優:それが、暑っ苦しいほどに熱血でさ。なんか個人携帯の番号教えてもらってそれから。

泰司:奇妙なこともあるもんだな。

真優:というわけで、そこから仕入れました。あ、あとね。

泰司:ん?なんだよ。

真優:あの事件、実は裏話があるんだけど、聞きたい?

泰司:裏話・・・?

真優:泰司さんがなかなか正気に戻らなかったら使おうと思ってたんだけどね。
   実は、あれ事故で処理されたってなってるけど、本当は傷害事件なんだよね。

泰司:・・・は?傷害って、それじゃあ。

真優:うん。犯人がいたの。店長。

泰司:店長が・・・?

真優:実は、あの日のショーは仕組まれたものだった。元から店長は怪我をさせるつもりで壊れやすく細工されたカラビナを使った。
   で、濡れ衣を着せる相手を選んだ。

泰司:それが・・・俺?

真優:そう。ショーに絡まない人間が触ったから事故になった。咎められるのは管理責任者とそれを行った実行犯。
   ってな具合に、損害を折半するつもりだった。けど、当てが外れた。

泰司:当てが外れたって・・・?

真優:監視カメラがあったの。あのお店。先代の店長がひっそり仕掛けたまま放置してた防犯カメラが生きてたの。
   で、そこに映ってたのは、閉店後、翌日のショーに使うカラビナに細工を施す店長の姿が。

泰司:なんで、そんなことを。

真優:なんでも、店の運営方針で齟齬(そご)があったんだって。それに関して言い争いになってそこから・・・って感じ。

泰司:・・・なんだそりゃ。

真優:ということで、これもオフレコ。ま、店長はめでたく刑務所に服役中だから。安心して。

泰司:安心ってか。もう、わけわかんねぇよ。

真優:だろうね。じゃあ、訳わかんないついでに。かもーん。

泰司:かもんって・・・

知枝:たぁいぃしぃ~っ!

泰司:なっ!?姉貴っ!?どうして!?

知枝:ずっと隠れてたの!そこのキャビネットに!

泰司:はぁっ!?

真優:もし、泰司さんが本気で私を襲ったり、殺そうとしたら出てきてもらう算段でした。

泰司:いや、でも・・・どうやって・・・

真優:あれ?気づいてなかった?私、このホテルに入った時コンソール押してないよ?

泰司:・・・あっ。

真優:先に知枝ねぇに入ってもらって、ドアを半開きにしてもらってたの。
   で、私がそこに泰司さんを誘導。

知枝:まったく、ひやひやしたんだから!

真優:ごめんって!でも大丈夫だったでしょ?

知枝:大丈夫だったからそう言えるのであって、本当に大丈夫じゃなかったら・・・

真優:その時は、知枝ねぇが助けてくれるもん。

知枝:全くこの子はぁ~っ!

真優:ひだだだっ!?痛い!耳引っ張らないで知枝ねぇ~っ!

知枝:ったく。・・・泰司。

泰司:・・・おう。

知枝:いい加減、目が覚めた?

泰司:おう。一応。

知枝:私が言っても、アンタは意地を張るからこんなに遅くなったけどさ。

泰司:ああ、そうだな。

知枝:もう、過去にしがみつくのはやめな?暗い過去は忘れて。

泰司:うん・・・そうする。

知枝:はぁ・・・よし。なら、この話はおしまい!帰ろっか。

真優:はぁーい。残念だったね。泰司さん。

泰司:・・・なにが?

真優:私を襲えなくて

泰司:ばっ!んなわけあるか!別に襲いたいとか思ってねぇよ!

真優:どうだか~

知枝:はいはい。さっさと出るよ。もちろん、部屋代は泰司持ちで。

泰司:なっ!?

真優:え~女の子に払わせるんですかぁ~?

泰司:急に媚びるな!つか、仕組んだのはそっち・・・

知枝:はい。文句は聞きません。じゃ、清算まかせた!

泰司:あっ!ずりぃ!ちょっ!せめて折半で・・・っ!

=============================

泰司:あ~、ちょっとそこの君!今、時間ある?え、あっそっか。

真優:たーいーしーさーん。

泰司:うわっ!あ、なんだ真優ちゃんか。

真優:おやおや?またいかがわしいお話を聞いて回ってたんです?

泰司:んなわけあるか!

真優:きゃーコワイ。アンケートにかこつけて女の子を襲うつもりなのねー

泰司:風評被害にもほどがあるだろ!

真優:はいはい。で?なにしてんの?

泰司:痕(あと)についてのアンケート。

真優:あ、と?傷痕とか、そういうの?

泰司:そう、言葉の持つイメージと実際の意味がどれだけ適合するかっていう実験。

真優:へぇ・・・?

泰司:どうだ。アカデミックだろ?

真優:うん、さっぱりピンとこない。

泰司:あっ・・・そう。

真優:ってか、それ、ウチの学校の教授がやってませんでしたぁ?

泰司:あー、ばれた?そう、アルバイトの一環でね。あの教授、ウチの出版社で本書いてるから。

真優:え?そうなんだ。やるじゃんあのハゲ。

泰司:こら、言葉を慎みなさい。

真優:だって、あの教授嫌いなんだもん。

泰司:あっそう。

真優:しかし、大変ですなぁ。出版業界も。贔屓のために小間使いもしないととは。

泰司:なきそう。いや、頑張るけど。今月の給料のために!

真優:アッハハ。じゃあ、今はあんまり副業してないんだ。

泰司:カメラ?ああ、姉貴のくらいだな。今はこっちが忙しい。

真優:そっか、ファーイト。

泰司:おうよ。さて、それじゃ、そろそろ俺は次の獲物を狙うことにするわ。

真優:はいはーい頑張ってね。あ、そうだ。泰司さん。

泰司:ん?なんだよ。

真優:縄。やりたくなったら声かけてもいいからね?(小声で

泰司:はぁっ!?す、する訳ねぇだろ!

真優:ふふ~それじゃねー。

=============================

泰司:傷痕は時に痛む。しかし、それもいつかは消える。

知枝:赤く擦れた傷は見た目より痛くない。そんな風に心の傷も、真実を知ったとたんに、褪せてゆくのだ。

真優:浅緋色した傷痕。それは、ただ鮮やかに、そして静かにカサブタとなり、消えていった。



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