四年目の歳末にて
高遠 隆弘♂ | たかとお たかひろ | 28歳 | 家電量販店で働いている、テレビやブルーレイレコーダーなどに詳しい、黒物担当。 社歴も長く頼れる先輩、販売も作業もなんでもござれ。 |
稲 菜月♀ | いな なつき | 24歳 | 家電量販店で働いている、冷蔵庫や洗濯機などに詳しい、白物担当。 短大卒、店内では社歴が短い方なので基本敬語、根は真面目で負けず嫌い。 |
隆弘♂:
菜月♀:
隆弘「かんぱーい」
菜月「お疲れ様でーす」
隆弘「(ビールを一気に呷る)ぷはぁ!いやぁー仕事上がりの一杯はやっぱ最高だねぇ」
菜月「同感ですけど、すきっ腹でそんな一気に飲んだら悪酔いしますよー?」
隆弘「稲ちゃんは心配性だねぇ、大丈夫だって、ちゃんと来る前にちょろっと食ってきてるから」
菜月「タカさん、一体何食べてきたんです?」
隆弘「ツナマヨのおにぎり」
菜月「結構がっつりじゃないですか、ってもしかして今までもです?」
隆弘「おう、飲み会の前には必ずな」
菜月「それでよくあんなに飲み食い出来ますね・・・」
隆弘「飲み会は暴飲暴食するって決めてんだ」
菜月「サシ飲みでもですか?」
隆弘「当たり前だろ、折角の楽しい席なんだからな」
菜月「明日も出勤なんですから二日酔いとかしないでくださいよ?」
隆弘「その為のおにぎりだろ?」
菜月「あーそうでした、もう何も言いません」
隆弘「おう、あーだこーだ言ってねぇで稲ちゃんも飲め飲め」
菜月「私はちびちび飲むのが好きなんです、タカさんみたいにお酒強くないですから」
隆弘「それもそうだ、自分に合った飲み方が一番!
あ、店員さん!生中1つね!稲ちゃん何か頼む?」
菜月「そしたら冷ややっこください冷ややっこ」
隆弘「渋いねぇ」
菜月「お豆腐好きなんです」
隆弘「イイ肴になるよな、あぁ後串の盛り合わせもよろしく!」
菜月「とりあえず以上で大丈夫です、ありがとうございます」
隆弘「いやぁ店員さんも忙しそうだねぇ」
菜月「気の早い人はそろそろ忘年会してる時期じゃないです?」
隆弘「あぁそれでか、お陰でベル鳴らさなくても人が通ってくれるから楽だねー」
菜月「私は接客中に呼ばれた人を見てるみたいで複雑な気持ちですねぇ」
隆弘「どっちかっていうと全員接客中なのに無線で呼ばれるって感じじゃないか?
まぁ注文なら纏めて取れるから、往復するよりは手間ないでしょ」
菜月「倉庫に在庫取りに行くときに、棚下分も一緒に取ってくるようなもんですか」
隆弘「そうそう、俺らも似たようなことやってるし、仕事なんてそんなもんさ」
菜月「んー、優しくしたいけどままならないもんですね」
隆弘「あはは、理不尽な事言わずに大人しくしてりゃ大概いいお客さんになれるよ」
菜月「そんなもんです?」
隆弘「そんなもん、まぁ俺らの業界で素直すぎると損するけどな」
菜月「私結構引いてあげてますよ、おまけ付けたり」
隆弘「俺も全力のスマイルをおまけで上げてる」
菜月「出た、ウチの粗利(あらり)キング」
隆弘「褒めるなって」
菜月「褒めてるのかなぁこれ・・・、あ、でもタカさんのお客様って凄い良い笑顔で帰っていきますよね」
隆弘「そりゃお客様に合った提案してますもん、
後はサービスしてますよって演出もね」
菜月「私顔に出ちゃうんでダメなんですよねぇ」
隆弘「稲ちゃん素直だから、良い事だと思うよ?」
菜月「嫌味ですか、嫌味なんですか」
隆弘「ちゃんと褒めてるって、同僚としては有り難い限りさ」
菜月「ふーん、それならいいんですけど」
隆弘「ん?お、来た来た、ありがとー、冷ややっこはそっちね」
菜月「あ、ありがとうございます、ついでに注文お願いします、
カシスオレンジ1つ、とタカさんは何かあります?」
隆弘「お、そしたら串の盛り合わせも・・・」
菜月「それさっき頼んでましたよ?」
隆弘「あれ、そうだっけ、そしたら早めによろしく!」
菜月「すみません、それじゃ以上で」
隆弘「いやぁ飲みながら駄弁ってると何頼んだか忘れるよねー」
菜月「ボケるにはまだ早いですよ」
隆弘「まだ二杯目だしな」
菜月「年的な意味ですけど」
隆弘「おぉそれもそうだな、男は30からっていうし」
菜月「あれタカさんまだ30行ってなかったですよね?」
隆弘「後2年だよ2年、すぐだって」
菜月「やめてください、そんな事言ったら私もアラサー直前なんですから」
隆弘「あれ、稲ちゃんって今いくつだっけ?」
菜月「24ですよ」
隆弘「おぉもう来年じゃん」
菜月「だからやめてくださいって!」
隆弘「あっははは!大丈夫だよ、いま晩婚化してっから、遅いなんてことないない」
菜月「貰い手候補がいればですけどね」
隆弘「それだよ、稲ちゃん器量も良くて、仕事も真面目で、1人暮らしだから家事も出来る、
なんで彼氏出来ないんだろうなぁ」
菜月「それが分かれば苦労してませんよ!」
隆弘「そうなんだよなぁ・・・」
菜月「全くもう・・・」
隆弘「よし、話題変えよう」
菜月「唐突ですね」
隆弘「俺も相手いない事思い出した」
菜月「自爆じゃないですか」
隆弘「言うな言うな」
菜月「それで、話題提供してくれるんです?」
隆弘「んー、そうだなぁ、あ、そういえば、白物は歳末セールの演出終わった?」
菜月「それ聞きます・・・?無線聞いてての通りですよ」
隆弘「今日白物忙しそうだったもんなぁ」
菜月「そういう黒物はどうなんですか?」
隆弘「俺のいる日に作業終わらないことがあったかい?」
菜月「夜七時に販促変更があった時とか」
隆弘「あれは俺のせいじゃない、営業本部のせいだ」
菜月「じゃあないって事にしておきましょう」
隆弘「言うようになったねぇ」
菜月「この会社で4年目ですよ、口達者にもなります」
隆弘「演出苦手でも?」
菜月「それとこれは話が別ですよ」
隆弘「そういう事にしといてあげよう」
菜月「どうもありがとうございます、タカさん明日出勤でしたよね」
隆弘「おぅ、どうした?」
菜月「明日作業手伝ってください、もしくは売り場お願いします」
隆弘「任せとけ、パパッと終わらしといてやるよ」
菜月「頼りにしてますよ」
隆弘「可愛い後輩に頼られるのは嬉しい事だねぇ」
菜月「またそんな事言って・・・」
隆弘「そら太ったおっさんに頼られるより断然嬉しいでしょ」
菜月「副店長の悪口はそこまでです」
隆弘「人聞きの悪い、特定の人物はいないって」
菜月「へぇー、思い浮かぶ顔がひとつも無いっていうんですか?」
隆弘「それを言われると弱いなぁ」
菜月「それじゃあクロです」
隆弘「こりゃ一本取られた!」
隆弘・菜月「あはははは!」
菜月「あー、ダメだー、お酒入るとツボ浅くなるなぁ」
隆弘「本当だよ、こんな下らんので笑うなんてなぁ」
菜月「お酒の力って凄いですね」
隆弘「思わず本音が出ちゃったり、思ってもない事口走ったりなー」
菜月「ダメじゃないですかそれ、口は災いの元ですよ」
隆弘「じゃあその流れで聞いとこうか」
菜月「ん、嫌な予感しかしないですけど、なんですか?」
隆弘「今年のクリスマス、なんか出来た?」
菜月「土日です、仕事ですー」
隆弘「あー、そうだったっけ?」
菜月「家庭持ちが揃って悲鳴上げてたんで間違いないです」
隆弘「俺たちは独り身だから気にしなくていいもんな」
菜月「悲しい事言わないでください、可能なら欲しいです、予定」
隆弘「それじゃあ今年も一緒に飲むかー?」
菜月「回りくどい誘い文句ですね、嫌だって言ったらどうするつもりですか?」
隆弘「家で独り飲みする」
菜月「寂しい人だなぁ、友達いないんですか?」
隆弘「大体所帯持ってるか女いるよ」
菜月「行き遅れたんですね」
隆弘「いいの、俺は俺で人生楽しんでるんだから」
菜月「それならいいですけど」
隆弘「あぁでも今更ながらあれだ、気になってる奴とかいるなら断ってもいいんだぞ?」
菜月「え?」
隆弘「ほら、そいつに俺と付き合ってるって勘違いされても困るだろ」
菜月「なんですかそれ、本当に今更な心配ですね」
隆弘「いやぁ、こんないい子に彼氏出来ないの俺のせいなのかなーってちょっと思ってさ」
菜月「2人で飲みに行ったり遊びに行ったりするからですか?」
隆弘「そうそう、そんなんだと新しい出会いもないだろ、
こんなおっさんに構ってないで、遊んできなさい?」
菜月「はぁ・・・」
隆弘「え、どうしたの、そんなデカいため息ついて」
菜月「っ!(酒を一気に呷り、グラスをドンとテーブルに置く)」
隆弘「ど、どうしたの稲ちゃ・・・」
菜月「好きでもない男とクリスマスを2人で過ごすかバカー!」
隆弘「・・・・・・え?」
菜月「え?じゃないですよ、てっきりそっちから誘ってくれるもんだから、
そうだと思ってたじゃないですか、今更そんな事言いますか」
隆弘「いやぁ・・・、俺は独り身の寂しいおっさんに構ってくれる優しい人かと・・・」
菜月「どんな聖人君子ですか、そんなお情けあって一回でしょう」
隆弘「そうなのか?」
菜月「そうです、好きだから2年も3年もクリスマス一緒にいるんです、
・・・当たり前でしょう?」
隆弘「・・・・・・」
菜月「あーバカみたい、お酒の勢いでこんな事言っちゃうなんて」
隆弘「俺は止めといた方がいいと思うぞ?」
菜月「・・・なんですか、その遠回しな断り方」
隆弘「いやマジで、稲ちゃんいい子だから俺なんかより良い人絶対いるって」
菜月「そういう変な慰め、余計傷付くんでやめてください」
隆弘「そんなんじゃないって、俺自分から告白したことないって話したことあったよな?」
菜月「・・・昔忘年会でそんな自慢話してましたね」
隆弘「あれってさ、自分から人好きになった事ないってオチ付きなんだよね」
菜月「そんな事言ってましたっけ・・・?」
隆弘「あん時はみんなが最後まで話させてくれんかった」
菜月「へぇー、それがどうしたんです?」
隆弘「付き合ってみて、この子いい子だなぁって思い始めた頃に振られるんだよいつも、
あなたって私がいなくても平気そうだよねって」
菜月「実際そうじゃないですか、そんなの分かり切ってますよ」
隆弘「そうなの!?」
菜月「だってタカさん、みんなと騒ぐの好きだけど、1人なら1人で平気な人ですよね」
隆弘「お、おぅ」
菜月「一人暮らし長いから家事全般出来ますよね」
隆弘「そう、だな」
菜月「ほら、平気じゃないですか」
隆弘「そう言われると、首を縦に振るしかないな」
菜月「っていうかそんな事どうでもよくて」
隆弘「いやどうでもよくないぞ?」
菜月「いいんです、なんで告白する前に断ってるんですか!」
隆弘「あ、いや俺は別に断ったつもりはないんだが・・・」
菜月「じゃあ好きです、付き合ってください」
隆弘「あー・・・」
菜月「私は、今までの人みたいに、1人で平気だなんて理由でいなくなりませんから」
隆弘「・・・おぅ、それじゃよろしく」
菜月「それじゃってなんですか、それじゃって」
隆弘「いや、あれ結構凹むから、稲ちゃんには言われたくないなぁって」
菜月「・・・・・・」
隆弘「お、おい、なんだその沈黙」
菜月「いえ、なんでもありません、っていうか教えてあげません」
隆弘「それなんでもなくないよな!?」
菜月「いいんです、大事なのは今年のクリスマスはちゃんとした予定が出来たって事なんですから」
隆弘「そうか、おいどうする、恋人と一緒に過ごすクリスマスなんて初めてだぞ」
菜月「本当に恵まれてなかったんですね」
隆弘「ほっとけ」
菜月「ほっときません、だって今日から恋人ですからね」
隆弘「よくそんなこっ恥ずかしい事面と向かって言えるな」
菜月「半分くらいはお酒の力ですよ、
それに、この程度でまごまごする程少女でもないですし」
隆弘「そうか・・・、もしかして稲ちゃんって結構恋愛経験豊富?」
菜月「人並です、多分」
隆弘「多分なんだ」
菜月「多分です、だって比べた事ないですし」
隆弘「そりゃそうか、っとそうだ、付き合う事になったんだし、ウチくる?」
菜月「・・・え、明日仕事ですよね、っていうか初日からケダモノですか?」
隆弘「あ、そういう意味じゃなくて!」
菜月「・・・?」
隆弘「一緒に暮らす?って事なんだけど」
菜月「・・・あー、分かった」
隆弘「何が?」
菜月「今までの彼女さんもずっとそうだったんですよね?」
隆弘「お、おぅ、そうだな、家賃も勿体ないしと思って基本的に同棲してる」
菜月「そりゃ独りで平気だと思われますよ、いきなり生活力の差を見せつけちゃダメです」
隆弘「そういうもん?」
菜月「だと思いますよ、きっとみんな必要とされたかったんですよ」
隆弘「必要だなぁって思い始める頃に別れを切り出される俺の気持ちは?」
菜月「イーブンです、相手も寂しかったんですよ、きっと」
隆弘「付き合い始めからこんな辛辣な彼女初めてだよ俺」
菜月「何年一緒にいると思ってるんですか、一目惚れや外面に惚れた人とは違うんです」
隆弘「対抗意識バリバリだな」
菜月「負けず嫌いですからね」
隆弘「やっぱりそうだったんだ」
菜月「えぇ、みんなからはそう見られないみたいですけどね」
隆弘「普段は大人しそうに見えるもんなぁ」
菜月「きっと敬語だからですよ、同級生の中ではアクティブな方でした」
隆弘「へぇー、そういえば稲ちゃんの学生時代の話ってあんまり聞いたことなかったな」
菜月「聞かれた事なかったですしね、あ、そうだ、名前で呼んでください、
会社では今まで通りでいいですけど、二人でいる時くらい名前がいいです」
隆弘「おぉ、それもそうだな、それじゃ改めてよろしくな、菜月」
菜月「よろしくお願いします、タカさん」
隆弘「おいおい、俺だけかよ、俺の事も名前で呼んでくれたって」
菜月「何言ってるんですか」
隆弘「へ?」
菜月「私はずっと名前で呼んでますよ、隆弘さん」
隆弘「・・・ずっと高遠のタカだと思ってた」
菜月「ふふっ、今更ですね、最初の一年目からですよ、タカさん」
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